第783回 『星くずの片隅で』のラム・サム監督に聞く
香港映画の衰退が叫ばれて久しいが、派手さはないものの市民生活に目線を合わせた心に残る作品が、若手の監督の手により徐々に生み出されている。ラム・サム監督の本作もその一つ。来日した監督に作品誕生の経緯などを聞いた。
映画は2020年、コロナ禍の香港が舞台。清掃業を経営するザク(ルイス・チョン)の店に、職を求めるシングルマザーのキャンディ(アンジェラ・ユン)が現れる。幼い娘のため頑張るキャンディだが、その娘が客の家から子ども用マスクを盗んでしまい、ザクは大事なお得意先を失うーーー
インタビューはラム・サム監督を支援した香港の新しい映画の製作・配給会社「mm2香港」(2015年設立)のことから始めた。
ーーーー「mm2香港」は新人監督支援を目的に作られた会社で、香港映画の支援作にふさわしいと認定されれば、同社の新人監督プログラムとして資金の調達から、制作、配給、スポンサーの確保など、映画制作の手順のすべてを提供してもらえるということですね。
ラム・サム監督 「そうです。私も短編の3本を見てもらい、mm2の審査に合格し、長編のスポンサーが『景品』としてつくことになりました。香港映画の製作は今とても少なくなっているので、新人監督の場合はスポンサーのなり手がまったく見つからない状態でした。新人監督にとってmm2はとても有意義な場であり、私も新人ながら公開の発表会というハレの場に立つことができてよかったです。また商業映画と違い、たとえば人間関係のもつれといった深いテーマの映画を作ることもできるので、通常の商業映画とは異なる作品に挑戦することができました」
ーーーー検閲の方はどうでしたか?
ラム監督 「幸い当局ににらまれるということは私の場合あまりなかったですね」
ーーーー映画の中で移民ということばが盛んに使われました。それは問題がなかったんでしょうか?
ラム監督 「このころ(2022年)は、当局からあまり移民についての検閲、注意はありませんでした。香港も落ち着いていたので大丈夫でした。ただし皮ふ感覚として映画の審査の基準が分からなくなっていると感じました。私もどうしたらいいのか考えこんでしまいました」
ーーーー日本語には「お天道さんが見ている」という言葉があります。それは香港や中国も同じだと思います。だれが見ていようがいまいが神様は見ているという考え方ですね。汚いものが捨てられていたら、担当ではなくとも黙ってきれいにする。そんなシーンに香港人の希望と誇りが表れていると思いました。
ラム監督 「作品には自分の考えも含まれていて、<俺たちは塵より小さい、神様は見逃すほどだ>という言葉をザクに語らせています。他人に頼らない、つまり神頼みにしないという意味も込めて、そういうセリフを作ったのです。
ーーーー前向きに考えていく、ということでしょうか。
ラム監督 「そうです。周りの人と一緒になって、力を得て困難を耐え抜き、あるいは誰かを助けることで、そこに生まれる力を生かそうということです」
ーーーーカンヌ映画祭で役所広司が男優賞を受賞したジム・ベンダース監督の「パーフェクトデイズ」という作品、その主人公もトイレや事業所の清掃員で、誰かのために役に立とうという人が出てきます。テーマが良く似ていますが、この作品のことは知っていますか?
ラム監督 「私が清掃する人をテーマにしたのはほかの映画作品などの影響を受けたからではありません。脚本家と話をしたとき、清掃員の仕事は凄く映画的に存在感のあるキャラクターだなと思ったからです」
ーーーーもちろん制作を始めたのもこちらが先だと思いますが、似たようなテーマの作品があるなと後になって気付いたということですね
ラム監督 「そうですね。特定の映画を参考にしたということではありません」
ーーーーカンヌやハリウッドではこのところアジア映画の大きな受賞が続いていますが、さらにアジア映画のレベルを上げていくには具体的にどうすればいいと考えていますか?
ラム監督 「東南アジアの国々でも優秀な作品がいっぱい出てきて注目されているので、だんだんとレベルが上がってきているなと思います。香港映画を作る監督として振り返れば、80年代はそれこそ黄金時代といわれるほどたくさんの作品がつくられ大ヒットもしました。ところが90年代や00年代に入るとほぼ何もないという状態になってしまった。そうするとどうしても中国資本との合弁作品ということになってしまい、香港市民に向けた作品は減少傾向になりますよね。私も含め、新しい監督は中国だけでなく視線を世界に向け、視野を広げて映画を作っていこうとしているので、そういう流れを観客の方も注視してくれたらと思います」
最近は香港からの移民が増えているので、世界各地で新しい香港映画の需要が増えているという実感があります。たとえば香港映画をイギリスで上映した時は観客の3,4割が現地の人たちでした。香港のことを知ってもらういい機会だと思いますし、世界に向けて作っていくことで香港映画もまた発展していくのではないかと思います」
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ちなみにラム監督が映画監督を目指そうと思ったのは、是枝裕和監督の『誰も知らない』を見てからだという。
現在はイギリスのロンドンで暮らしており、イギリスにいる多くの香港人と知り合うことができたと話してくれた。「いつかイギリスに移住した香港人の物語を描きたい」と語るラム監督。人々の交流を通じ、映画の世界も国境を超えて広がっていく。
『星くずの片隅で』(大阪アジアン映画祭では『窄路微塵(きょうろみじん)』のタイトルで上映)は7月14日よりTOHOシネマズシャンテ、ポレポレ東中野ほか全国順次公開【紀平重成】