第745回「『巡礼の約束のソンタルジャ監督と制作・出演のヨンジョンジャさんに聞く」
──はるか遠い聖地ラサまで巡礼を続ける三者三様の思いが印象的でした。特にヨンジョンジャさん演じる夫のロルジェが、突然ラサへ巡礼すると言い出した妻のウォマ(ニマソンソン)の真意をつかめず最初は悩みますが、巡礼を続けていくうちに心が浄化されていく、その展開が見事だなと思いました。脚本作りで最も苦労したところはどこでしたか?
ソンタルジャ監督 「一番力を入れたのは夫のロルジェが妻の持ち物の中から前夫と一緒に撮った写真を見て妻の本心を知ったとき、心の中に生まれたわだかまりをどう表現するかということでした」
──前半は妻の思いが観客として分からないので想像をたくましくするしかなかったんですが、後半は妻が亡くなった後も夫と前夫の息子の2人が葛藤を抱えながらも巡礼を継続する思いが明瞭でした。この対照的な描き方は意図的にされたのでしょうか。
監督 「もともとは実際に巡礼に行った人の話があったのですが、それだけでは話が足りない、面白くないと思ったので、そこに女性の存在を付け加えました。女性の過去をきっかけにしてイロイロな思いが湧き上がってくるという複雑な構成にしました。主人公の女性は途中で死んでしまいますが、これはリスクの高い方法です。上海国際映画祭でも最初に上映された時、観客がどう受け止めてくれるかドキドキしていました」
──巡礼がチベットの人々にとっていかに大事であるかということはよくわかりましたが、その一方で現代的な女性が出てきましたね。ウォマに同行する若い二人の女性がボーイフレンドと遊んだり、行方不明になったりと。そのあたりの対比が面白かったです。
監督 「確かにチベットの人は巡礼に行くのを大事にします。親が亡くなると、生きているときに親孝行ができなかったので、それを償うため巡礼したいという気持もありますが、それにとらわれず自由に生きたいという若い人たちもいます。それを盛り込みました」
──私はこう思います。自分の欲望である利己心、たとえば面白いことに関わりたいという気持は誰にでもあります。一方夫は利他の心、つまり妻のために巡礼を続けたいという気持も生まれる。その利己と利他の違いも面白かった。人のためにやっていることが結果として自分のためにもなっていく、一番大きな宝物をもらったような感じですね、夫は。
監督 「そうです。本当の男になる旅なんです。どれだけ心が大きくなれるかということなので年齢に関係ありません。大きな寛容の心を持てたとき本当の男になれるわけです」
──念仏のようなものを夫がぶつぶつ唱えていて、あっ、この人は新しい心と入れ替わったなと思いました。
監督 「そういうことです(笑)。たしかに若い時は何か闘いながらやっているので、なかなかほかの人を受け入れる気持ちは持てない。それが往々にしてありますが、あのように大きな心を持てるようになった、これが本当の男性になれたということなんです」
──そのような変化が後半の映像でも、説得力があって大変感動しました。それではヨンジョンジャさんにお聞きします。プロデューサーとしてこの作品を作ろうと考えたわけですが、脚本家のタシダワさんは期待以上に応えてくれましたか?
監督 「共同脚本ということになっていますが実はこうでした。まず第1稿をタシダワさんが書いた。監督としては映画にするには相当書き直しが必要と思いました。漢民族の女性とチベット族の男性とのロマンが盛り込まれていましたが、それは全部カットしました。残ったのがロバが巡礼に加わる話。それは第1稿も私の書いた2稿も共通しています」
──その舞台は四川省のギャロンだったのですか、それとも別の場所?
監督 「ギャロンから巡礼に行く途中です」
──漢民族の人との結婚というのは結構多いのでしょうか?
監督 「結構あります」
──監督をなぜソンタルジャさんにお願いしたのでしょうか?
ヨンジョンジャ 「物語の元になったのは実際にあった話です。それを映画にしたいと考え、まず脚本をタシダワさんにお願いしました。それで第1稿を書いてもらったのですが、ソンタルジャ監督は大幅に書き換えていいならやらせてくださいということでしたので、監督にお願いして書き換えてもらいました。そこにはもうほとんど第1稿の影は残っていませんでした。ソンタルジャ監督独特の純粋な物語に書き換えられていました。私としてはとにかくギャロン方言を話す地域の最初の映画を作りたかったのです」
──ギャロンの文化を背負った映画を作りたかったんですね、それが初めてだったと。そんなにラサとギャロンは文化が違うのでしょうか?
ヨンジョンジャ 「信仰は同じですが衣服や髪飾り、それから建築は相当違います」
──もっと勉強してみるといいんでしょうね。
ヨンジョンジャ 「とくに勉強してみる必要はありません(笑)。チベットと一言で皆さん言いますが、面積的にも相当広いし区別があります。ラサ地区とか青海省の地区、それから四川省、甘粛省といろんなところがあります。ですが、それぞれを改めて勉強しなくても大丈夫です」
──今回の作品で、あっこれはギャロンだなと映像で分かるものがありましたら教えてください。
ヨンジョンジャ 「この服装ですね、この髪飾りは特徴があります。あと石で作った家屋が出てきますね。最も伝統的なギャロンの建物です」
──寒さにも有効なのですか?
ヨンジョンジャ 「ほとんど4階建てですが、夏はとても涼しく冬は暖かです」
──そうなんですか。
ヨンジョンジャ 「石がこのように分厚く作ってあるのでコンクリートとは比較にならないほどいい家屋です。とくに1階は家畜を買う場所になっていて、2階は居住地区、3階は食料を貯蔵するところになっています。そして一番上は神様を祭る場所です」
──一番大事なところなんですね。一番高いところに位牌を置いていましたね。
ヨンジョンジャ 「そうです。位牌というか、写真を置いていましたね」
──少しずつ分かってきました。(笑)
ヨンジョンジャ 「私たちの地区では人間が死んでから遺灰とか髪の毛、爪とかを粘土で固めて仏像の形にします。それをもってラサに納めに行くのです」
──納めるということはラサで焼くのですね。
ヨンジョンジャ 「納めるお寺があります。納めるということです」
──監督にお聞きします。監督を目指すようになったきっかけは移動図書館があって、そこで映画を見て刺激を受けたとうかがっています。
監督 「その頃は全部中国語で分かりませんでした。でも映像にとても惹かれました」
──それはなんていう作品ですか。
監督 「革命的な作品が多かったです(笑)。国の宣伝映画でした」
──セリフは分からなくても雰囲気は分かりますね(笑)
監督 「子供は野外映画の時どうしたかというと、正面から見ると前に大人がいるので子供は見にくい。そこで子供はスクリーンの後ろに行って見るんです。そうしてました」
──そこは特等席ということですね。
監督 「こうやって仰向けになって見ていました」
──楽しいお話ですね。映画を見て気づいたのは信仰の強さです。でも結局女性にすべての家事が託されていて、女性で生まれるのはつらいなと思いました。家では義理の親の世話をし、実家に行ってはやはり家事をする。働きづめなんです。女性は大変だなと。
監督 「大体そのようですね」
──少しは変わる気配はないのでしょうか。
監督 「若者は全然違います(笑)」
──心配しなくてもいい?(笑)
監督 「分業制がはっきりしています。体力のいる重労働は男が担い、家事のような軽い労働は女性です。チベット族の女性を気遣ってくれてありがとうございます(笑)」
──昔(90年代)中国の少数民族の地区に行ったとき、男はみな昼間から麻雀のような賭け事、女は畑で働いているんです。
監督 「今チベットの女は昼間外でお酒を飲んだり、かけ事をしたりと大胆です。で男は家の中でこっそりお酒を飲む。ラサでは妻のボディーガードになっていて外で遊んでいる妻を優しく家まで送り届ける人たちが多いです(笑)」
──どういう形でも仲よくしたほうがいいですね。
監督 「そういうことですね」
──監督の次回作は父と息子の物語になる聞いていますが、いつごろ完成の予定ですか。
監督 「ちょっとその計画は変わりました。近々撮るのは内地(チベットから見て)の映画会社から依頼を受けた漢民族の家族の物語です。もう脚本も仕上がっています。(20年の)年が明けたら撮影に入ります。その後父と息子の話をやりたいと思います」
──ところで病気のウォマを世話した村人役にジンバさんを起用したのはなぜですか?
監督 「ジンバさんがこの役にピッタリだと思ったからです」
──彼の出演作は「轢き殺された羊」「気球」、そして本作と、どれも存在感があって。
監督 「そうです、そうです」
──ペマツェテン監督とかソンタルジャさんに続く世代はチベットにいますか?
監督 「若いチベット族の監督たちがたくさん出てきました」
──映画祭ではたぶんまだなかったと思いますが。
監督 「そうです。でもそんなに長くかからないうちに、数年後には他の監督の作品も見られるようになると思います」
──監督の作品も見たいですが、そちらも期待したいですね。ありがとうございました。
『巡礼の約束』は 2月8日より岩波ホールほか全国順次公開
【紀平重成】