特集:おいしいアジア映画3選
読者の方に本サイトを少しでも楽しんでいただきたいと昨年から掲載を始めたテーマ別のアジア映画3選特集。その第3弾は「おいしいアジア映画3選」。前回の「青春アジア映画3選」では個人的な好みを優先してしまい、台湾のグイ・ルンメイ出演作ばかりを挙げてしまったが、反省が足りなかったようで、今回も台湾映画や台湾に関わる作品に偏ってしまった。弁解するわけではないが、台湾はやはりおいしい料理が多い。いや、多すぎる!

「恋人たちの食卓」の一場面。大人数で囲む円卓の大ごちそう。正面奥の中央にシルビア・チャンがいる
台湾を代表する「グルメ映画」といえば、だれもが挙げそうなのはアン・リー監督の「恋人たちの食卓」(飲食男女)だろう。筆者も同感だ。映画が始まって早々、隠居生活を送る父親(ラン・シャン)が毎週日曜の夜、3人の娘と囲む晩餐のため早朝から精力的に仕込みを始める姿に目を奪われるだろう。その手さばきの鮮やかなこと。魚の腹を割き、ハラワタを取り出し、魚の上に野菜をたっぷり載せて蒸す。あるいは北京ダックの下ごしらえ。味覚や香りは想像するしかないが、品数の多さと一つ一つの料理の色ツヤの良さも加わり食欲をこれでもかとかきたてる。
プロもびっくりの腕前に感心していると、ある日父親は元の職場から電話で呼び出され、台北の有名なホテルに乗り込む。巨大な調理場の迷路のような通路をお構いなしに歩いた後、緊急事態の説明を聞かされる。そして瞬時に調理メニュー変更の指示を出し、客には出せないメニューを捨てさせる。彼は引退後も元の職場から頼られるアドバイザー的存在の元料理長なのである。
そんな絶対的自信を持つ父親にも悩みはある。一つは老化のためか味覚が衰え始め、そのことを航空会社キャリア・ウーマンの二女(ウー・チェンリン)から指摘されてしまったこと。また高校教師の長女(ヤン・クイメイ)、女子大生の三女(ワン・ユーウェン)も含め、娘3人が次々と巻き起こす恋愛騒ぎや不倫、妊娠騒動に、妻なき後を男手ひとつで娘を育てた自信も揺らぎ始める。

写真右から長女(ヤン・クイメイ)、二女(ウー・チェンリン)、三女(ワン・ユーウェン)
映画を通して見ると、食卓は単においしい料理を食べるだけでなく、楽しい会話があってこそ味わいも深まるという相互補完性を持つ大事な場所であることが分かる。豪華な料理が並んでも娘たちの思いには無頓着で無口な父親の前では会話も弾みようがなく、彼女たちも毎週の行事には気が重くなっていたのだ。
アン・リー監督は豪華な食事で食卓の華やかさと力強さを演出しつつ、食卓のもう一つの役割であるコミュニケーションを行う場であることをじっくり見せていく。だからこそ、三女も長女も、そして父親までもが、食卓を前にして人生の新たな旅立ちを高らかに宣言するのだ。可愛くて能力を高く評価するが故に厳しく当たってきた二女と感動的な和解をするのもこの食卓なのである。

フルーツアートまでこしらえてしまう元調理人の父親
元料理長の数々の料理が並ぶ豪快な円卓ではなくても食卓には不思議な力があるようだ。2017年2月の日本公開時に見逃して、このほど、都内の杉並区で開催の特別上映会でようやく見ることができた「ママ、ごはんまだ?」も、おいしそうなチマキや豚足の煮込みなどの台湾料理に魅了されつつ、食卓が持つ思いがけないパワーを感じることができた。
同作品はホウ・シャオシェン監督の「珈琲時光」にも出演した歌手一青窈の実姉である一青妙さんのエッセー「私の箱子」「ママ、ごはんまだ?」を元に、台湾人の父と日本人の母の間に生まれた姉妹が、母親が残した台湾料理のレシピ帳を通じて、家族の絆を思い起こすドラマだ。

「ママ、ごはんまだ?」の一場面。母の味を思い出す妙(木南晴夏) (C)一青妙/講談社 (C)2016「ママ、ごはんまだ?」製作委員会
大学生の妙は帰宅時間を守らなかったことで母を心配させる。翌朝起きてきた娘にお粥を勧める母。2人は何事もなかったかのように黙って食べる。だが見た目は無言でも母娘は心の内でしっかり会話をしているかのように見える。「心配させてごめん」「付き合っている人がいるならうちに連れてきてもいいよ」。そんな会話をも想像させる心温まるシーン。どんなにつらいことがあっても料理を通じて家族だけでなく周りの人たちまで笑顔にさせてしまう母の姿を妙は思い出すのだ。
そんな食卓で食べるお粥と大勢のお客さんを呼んだ時に振舞われたチマキは格別の味だったろう!

姉妹が思い出すのはいつもキッチンに立っていた母親(河合美智子)の後ろ姿だ (C)一青妙/講談社 (C)2016「ママ、ごはんまだ?」製作委員会
さて、食卓をめぐるシーンで忘れてはならない作品にホウ・シャオシェン監督の「悲情城市」がある。台湾の港町基隆で暮らす林家は、次男が太平洋戦争で出征先のフィリピンから戻らず、三男は密告され警察で拷問にあい正気を失ったまま、長男はやくざの抗争で命を落とし、四男は「二・二八事件」に巻き込まれ行方不明。一族で無事なのは高齢の父親と女性、子どもたちだけという災難続きだ。しかし残された家族は「生き続けるのだ」と言わんばかりに食卓に料理を運び食事を始める。ここでも食卓は大家族を一つにし、次につなげていく重要な役割を果たしている。

「悲情城市」のDVD
最後にもう一言。おいしい料理が次々に紹介される作品としてはインド映画も健闘している。銀幕閑話の第449回「スタンリーのお弁当箱」や第501回「めぐり逢わせのお弁当」、そして以前、別のサイトで紹介した「聖者たちの食卓」という作品もある。
また香港映画の「花様年華」でトニー・レオンとマギー・チャンが辛子をたっぷりつけてステーキを食べていたシーンも食欲に色気を重ねたように濃厚な味わいに満ちていて忘れがたい。その場面で流れる曲もナット・キング・コールの「キサス・キサス・キサス」で気分をこの上なく盛り上げる。ウォン・カーウァイ監督最高傑作の一つだろう。
【紀平重成】