第764回「20年私のアジア映画ベストワン」
さあ、皆様から寄せられた「2020年 私のアジア映画ベストワン」の発表です。今回も10位から紹介して行きます。
トップバッターは18年の東京国際映画祭で上映され、昨年日本公開された『ソン・ランの響き』でした。Kさんは「ベトナムの民族楽器<ソン・ラン>を通じて二人の男性の運命が交差していきます。心に傷を抱えていた二人の優しさが溶け合うとき、それは一片のメルヘンとなりました」。主演の二人が素敵ですね。
続いて9位。前回も4位に入った『淪落の人』です。もとはしたかこさんは「20年はコロナ禍で台湾や香港はもちろん、東京の映画祭にも行けなかったので、観られたアジア映画は一部の作品に限られました。その中でベストワンに挙げるのが、2年前の香港でポスターを見て以来ずっと観たかった『淪落の人』。夏以降の香港の状況を見ると、あまりにも変わってしまって愕然とするのですが、あの映画の登場人物たちは今どのように生きているのかと心配したくなるくらい香港の街中に入り込めるような視点があり、愛と親切と優しさに満ちた物語に胸を打たれました」。同感です。
8位です。昨年の東京フィルメックスで上映された『海が青くなるまで泳ぐ』が入りました。杉山照夫さんは「激動する中国社会を生きてきた4人の作家(馬烽、余華、賈平凹、梁鴻)が、賈樟柯監督に自らの半生を語ることによって、社会の混乱に翻弄されながらも力強く生きてきたことを表したドキュメンタリー。語られるのは、周囲の人たちとのかかわりの中で精いっぱい生きてきた普通の人々の人生だった。ラスト、その1人である余華が題名の由来を語る。小さいときに海の色は黄色で青色であることを知らなかった彼は海の色が青いことを確認するまで泳ぎ続けたという。この場合の海の色が何を比喩しているかは人によって違う。私たちもこのコロナの色にそまった海の中で本当の青さをみつけるまで泳ぎ続けなければならない、海の青さをとりもどすまで……頑張ろう」
7位は韓国映画『エクストリーム・ジョブ』です。匿名希望のXさん。「画面に集中して観られるシナリオとアクション、気分転換ができる楽しさに溢れていました。またおいしいものが出てくる作品が好きなので加点対象になりました」と振り返りつつ、コロナ禍であまり映画祭や特集上映に参加できなかったことにも触れ、「ミニシアタークラウドファンディングに参加したり、東京国際映画祭、東京FILMEX、インディアンムービーオンライン(IMW)でそれぞれ鑑賞しました。なかでも、例年難解な作品の目立つFILMEXですが、今回オンラインで募集した質問から選んで監督に回答いただくティーチインは作品理解にとても適していたと思います。映画祭の運営に難しい局面はあっても、ファンを意識した対応とその変化が興味深い一年にもなりました」と未来志向の感想も寄せていただきました。私も『エクストリーム・ジョブ』で揚げたてのフライドチキンが次々に登場する場面は目に焼き付きましたよ。
そして6位は? これも韓国映画の『82年生まれ、キム・ジヨン』です。毎年韓国映画を挙げられる柴沼均さんに語っていただきましょう。「女性差別が残る社会の実態を描いた原作小説はかなりえぐくて韓国内で大論争を呼びましたが、映画はチョン・ユミとコン・ユの好感度俳優を起用してかなりマイルドに。それでも、社会問題をエンタメ映画化させるのがうまい韓国ならではの作品でした。日本でも似たような事象があるだけに、なかなか心を揺さぶられました」
ここで上位ベスト5作品の紹介は一旦お休みし、ベスト10に入らなかった作品を順不同でご紹介します。たとえ下位といえども作品へのコメントの熱さは負けていません。
この季節に毎年インドからホットな最新映画事情を寄せられるxiaogangさんの押すベストワンは『Popcorn Monkey Tiger』です。「2020年は、映画と映画館にとって受難の年でした。この年の<私のアジア映画ベストワン>として、カンナダ映画『Popcorn Monkey Tiger』を挙げます。血みどろでクールで、2020年にインドで観ることができたそれほど多くないインド映画の中で、ダントツにおもしろい作品でした。新型コロナはまだ少し遠い世界のできごとで、映画館がふつうにあった頃に観た映画。このあと1ヵ月も経たないうちに、バンガロールでは7ヵ月に及ぶ映画館のない日常が始まりました。ヤクザが似合う主演のダナンジャヤがとにかくカッコいいので、ようやく本格始動しつつあるカンナダ映画での今後の活躍に期待します」
同じインド映画でも「お茶の間ボリウッド~インド映画団欒会」のタブラ奏者、こさとさんはインディアンムービーウィークで上映された『お気楽探偵アトレヤ(Agent Sai Srinivasa Athreya)』をベストワンに挙げます。「『きっと、またあえる』に出演していたナヴィーン・ポリシェッティ氏演じる探偵アトレヤの、頭は切れるのに決め所で決められないキャラクターが大変魅力的でした。話の展開が後半になるほど緊張感が増し、窮地に立たされるほどアトレヤの推理が冴え渡っていく様子が面白かったです。 他映画のネタがちょこちょこ登場するのですが、バーフバリが出てきたときはたまらず吹き出してしまいました。 余談ですが、ナヴィーン・ポリシェッティ氏は昨年ダーダーサーヒブ・ファールケー映画賞(テルグ語部門)の俳優賞を受賞されたそうです!おめでたい!今後の活躍が日本でも観られることを願っています」
さあ私もインド映画に1票です。本欄の758回でご紹介した『僕の名はパリエルム・ペルマール』。差別問題を真正面から取りあげるなど社会的なメッセージを盛り込み、なおかつリアルで力強い展開により商業映画としても見ごたえのある大作。インド映画が歌って踊っての娯楽映画だけでないことを見事に証明しています。
ところで日本国内の主要な映画祭で、その年の最初に開催されるのが大阪アジアン映画祭です。そのプログラミングディレクターの暉峻創三さんが本覧のベストワンに毎年のように参加されていることは皆さんご存じだと思います。そして暉峻さんが本欄で「ベストワン」に挙げられた作品が故意か偶然かはともかくとして、2カ月後の同映画祭でたびたび上映されています。今回は『空(くう)』。果たしてそのジンクスは今年も当てはまるのでしょうか? 気になる同氏の弁は「(ベストワンの)集計対象外となるのは承知の上で、エクアドル映画を挙げたい。同国が米アカデミー賞国際長編映画賞(旧・外国語映画賞)にノミネートしてきたのは、スペイン語ではなく中国語の映画だったから。中国語題を「空(くう)」というこの作品は、中国からエクアドルに密航してきた中国人男女を描いたもの。禁欲的な俳優演出とリアリティ溢れる日常描写の力で最後まで一気に見せ切る。詳しくはキネマ旬報2月上旬号の記事を乞う御参照」というものでした。気になる私は書店に走ります。
これぞベストワンと強い意思で『私たちの青春、台湾』を挙げたのは慶應義塾大学の吉川龍生教授。「昨年はコロナの関係で家族から映画館に行くのを止められていたり、授業のオンライン化に忙殺されたりで、ほとんど新作の映画を見られませんでした。東京国際映画祭はアン・ホイの1作(『第一炉香』)だけ、フィルメックスは蔡明亮のだけ(『日子』)でした。そんなわけで、ちょっとベストワンを選ぶ資格はないかなと思っています。特別枠というか、2020年一番記憶に残った作品として挙げてよろしければ、字幕翻訳やらなんやらで20回は通しで観た『私たちの青春、台湾』をメンションさせて頂ければと……他の作品をほとんど観られなかったのに、同じ作品をこれだけ何回も観ることなんてなかなかないなと思いました。これも一つの“コロナの思い出”という感じでしょうか……」。そうまで言われれば、この作品も立派なベストワンと認めざるを得ません。
今回は移民や密航をきっかけにしたマイノリティー問題に着目する作品が目立ちました。暉峻さんお勧めの『空(くう)』もそうでしたね。一方、いっちーさんは『フェアウェル』を挙げ「オークワフィナの『クレイジーリッチ』からの変化も良かったし、また、近くて遠い中国(特に今年は強く感じます)の家族や人生観について理解し考えるきっかけになりました」と振り返ります。
また、せんきちさんも『チャンケ よそ者』を取り上げ「日常生活では憎まれ役を買って出ながら、SNS上では<透明人間>として我が子を見守り続けた父。そして、この<透明人間>というHN(ハンドルネーム)は、韓国や台湾における彼ら(韓国華僑)そのものを表す呼称なのかも知れません」とコメント。こちらも移民問題が背景に。コロナ禍は改めて人の移動が増えている社会のありようを考えさせます。
ゆずきりさんは『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』を推し、「デニス・ホーのことを前から知っていたわけではないというアメリカ人の監督が撮ったドキュメンタリーですが、彼女の成長と勇気をあたたかい目で描いた作品でした。フィルメックスでは、香港映画監督陣による『七人楽隊』も見ることができ、香港と香港映画のことに思いを馳せる年でした」という感想でした。
大阪大学講師の劉文兵さんは『八佰』を挙げ「日中戦争時の中国軍の武勇伝。中国国内市場だけで世界一の興収を稼ぎだした凄さと、<世界>をもっと意識してほしかったという残念さを同時に感じさせられる、質の高い戦争映画」とし、一定の評価はしつつも管虎監督に注文を付けた形です。
日本映画ですが、松本さんが「感動した」と挙げたのは『女優 原田ヒサ子』でした。女優原田美枝子さんの母ヒサ子さんが90歳になって認知症が進み介護施設で暮らしていたある日、「私ね、15の時から女優やってるの」という言葉を発したのです。驚きながらも娘は、もし母に女優へのあこがれがあるなら家族でかなえてあげようと考えました。カメラの前のヒサ子さんが、女優の仕事と育児の両立に悩んだことを孫に語ったり、撮影のカチンコが鳴った途端、女優の顔になるなど、本作は認知症の女性が主役のドキュメンタリーになりました。「完成した作品が公開されることで母の言葉は現実になったのです」と感想を述べ、さらに「母への感謝と深い愛情が伝わってくるとともに、妻として母として生きた同年代のわが母の人生にもう少し寄りそうことを教えられました」と結んでいます。
さあ、いよいよベスト5の紹介です。
5位は香港映画『七人楽隊』です。KEIさんは「『ソン・ランの響き』や中国アニメの進化を感じさせてくれた『羅小黒戦記』、台湾の胸キュン青春映画『君の心に刻んだ名前』なども捨てがたかったのですが、香港のベテラン監督たちが、いろいろと言えない想いを込めたであろう、そしてなによりリンゴ・ラムがこんな素晴らしい遺作を遺してくれた、ということで選びました」と香港映画への思いを吐露します。
続いて4位は『シリアにて』でした。小林美恵子さんが熱く語ります。「シリア内戦下のある一家の一日の緊迫した生活をマンションの一室内に限定して描く演劇のような構成の映画でしたが、ドラマチックというか戦争ならではの残酷な展開もあり、その中で、それぞれの抱える心情や生活背景が繊細に描かれ見ごたえがありました。遠くにいる自分を反省させられるような映画です」。いえ、数多くの作品が作られていく中で、このような作品を選んだだけでも価値はあると思います。
さらに3位は『ゴールデン・ジョブ(黄金兄弟)』。イケメンへのチェックが厳しい勝又さんは「『古惑仔』メンバーが揃ってるだけでも感涙ものの、お金もかかったアクション映画。イーキン・チェン、陳小春、確かに前より老けたけど、素敵な大人になってる。ジェリー・ラム含め、鍛えているらしく、立ち姿もシュッとしている。熊本の日本式葬儀のシーンで、小春以外は日本のいわゆる喪服スタイル(白いシャツに黒いネクタイ、黒スーツ)が『レザボア・ドッグス』みたいでカッコいい。そして小春だけは全身黒、というのもよし。謝天華の裏切りに遭い、カーチェイスを演じて逃走する際、仲間のために警察にわざと突っ込んで捕まったイーキンと、通り過ぎるクルマの中から一瞬、目と目で通じ合う小春とのシーン、久々の胸キュン。最&高でした」
よしだまさしさんも「最近は香港の映画人も中国に進出して、中国資本をベースにやたらとスケールのでかい大作アクション映画を作ったりしていて、それはそれで嫌いじゃないのだけれど、もっと香港映画らしい勢いの感じられるアクション映画の方が好きだったりする。本作は、その僕の好みにピッタリ。映画を見終えた瞬間から興奮さめやらず、即座に誰かとこの映画について熱く熱く語り合いたいと思ってしまった。主演のイーキン・チェンは相変わらずカッコイイし、チン・ガーロウ監督が担当したアクションは痛快にして爽快。しかも、倉田保昭のアクションまで楽しめてしまうのだ。これぞ香港アクション!」と香港映画愛の言葉が弾みます。
ちなみに、フィリピン映画の方は「今年もオススメしたかったのですが、コロナ禍のため映画館が閉鎖されて新作の公開本数が少なく、2020年の公開作品をまったく観ることができませんでした。来年こそは魅力的なフィリピン映画を紹介できるといいのですが」
そして、いよいよ2位。ナワポン・タムロンラタナリット監督の『ハッピー・オールド・イヤー』です。Graceさんは「映画祭で拝見した時にも、ああ、ナワポンやっぱりすごい。チュティモン・ジョンジャルーンスックジンちゃんも『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』に続いて素敵!というところまでは思っていましたが、一般公開されてじっくりみると、色々なところの超絶技巧に驚きました。そして、結果が分かっているいくつかの場面がさらに涙させられたりもしました(お兄ちゃん、いいですよね)。いわゆる映画的な、回想の場面を使わずに過去を描き出しているところもすごいですが、脚本として、余韻や余白、いろいろ考える余地がいい具合にあるところも素晴らしいと思います。そして、年月を経てみなおすと、違う視点から違う感想をもつことになるのではないかということを感じました。やはりナワポンおそるべし! 他の作品もぜひとも一般公開していただきたいです!という強い願いも込めてベストワンとさせていただきますね」
えどがわわたるさんも「昨年の1月にバンコクのシネコンで見て日本語字幕版で見たいと思い、3月の大阪アジアン映画祭で見て、さらに12月の劇場公開で応援の意味も含めて見ました。見るたびに、新しい発見をする作品で楽しめました」。
ついにベストワン中のベストワンの発表です。それは韓国映画『はちどり』でした! アプリ版ぴあの坂口英明さん。「2020年も、東アジアでは韓国映画の多様性、質の高さを実感した年でした。その多様性を象徴するような『はちどり』を選びます。こういう映画があると、まだ世界は捨てたものではない、と思います」
岸野令子さんも「ベストは『はちどり』です。『チャンシルさんには福が多いね』は来年回しに。『わたしたち』『はちどり』『子猫をお願い』『82年生まれ、キム・ジヨン』『チャンシルさんには福が多いね』と女性監督作品で各世代を辿ることが出来るのがいいですね」。こういう風に改めて並べてみると確かに新しい潮流が動き出していることを実感します。
<2020年 私のアジア映画ベストワン>投票結果
①『はちどり』(韓国、キム・ボラ監督)
②『ハッピー・オールド・イヤー』(タイ、ナワポン・タムロンラタナリット監督)
③『ゴールデン・ジョブ(黄金兄弟)』(香港、チン・ガーロウ監督)
④『シリアにて』(ベルギー・フランス・レバノン、フィリップ・バン・レウ 監督)
⑤『七人楽隊』(香港、アン・ホイ監督他6人)
⑥『82年生まれ、キム・ジヨン』(韓国、キム・ドヨン監督)
⑦『エクストリーム・ジョブ』(韓国、イ・ビョンホン監督 )
⑧『海が青くなるまで泳ぐ』(中国、ジャ・ジャンクー監督)
⑨『淪落の人』(香港、オリヴァー・チャン監督)
⑩『ソン・ランの響き』(ベトナム、レオン・レ監督)
最後に昨年を振り返ると、コロナの影響で映画祭が中止になったり映画館が一定期間閉鎖され映画を見ることができなくなりました。また吉川龍生教授のように家族から映画館に行くのを止められた人もいます。実は私もそうでした。見たくても行けない。なぜなら自分だけでなく他人への感染リスクをできるだけゼロに近づけるためには外出を自粛するしか有効な方法がないと思ったからです。ベストワンの常連さんにも高齢者に関わる仕事のために映画館に行くことを断念した人がいました。行く、行かないの判断は個々人にゆだねられますが、映画館に行かない人がいる事も念頭に置きたいと思います。
ご投票いただいたみなさん、本当にありがとうございました! コロナ禍が少しでも早く収束し、良い作品に出会い、その感動を生で語ることができますように!