第404回 この家族に元気をもらう。長編動画「毎日がアルツハイマー」
このところ認知症の人が登場する映画は増えているが、これほど認知症の人の日常を自然に、時にユーモラスに描いた作品は珍しい。関口祐加監督が自身の母親にカメラを向けたドキュメンタリー「毎日がアルツハイマー」。泣いて、笑って、身につまされる。エンターテインメントとしても成功しているのは、監督の冷徹な目と母子の情愛が絶妙のバランスをとっているからだろう。
映画は2010年にアルツハイマー病と診断された母と過ごす毎日を、関口監督が2年半にわたり撮影。動画を次々にYouTubeに公開すると、介護に悩む人や医師、医療従事者など多くの人々の共感を呼び、累計の視聴数は20万ビューに達した。
その100時間を超える映像の中から母の「喜怒哀楽」を時系列に編集し、専門医のコメントも加味して劇場版・長編動画を完成させた。
2009年9月、79歳になった母の誕生日のシーンから映画は始まる。大好きなモンブランのケーキにたてられたローソクの火を一気に消してご機嫌な母。しかし数日後、誕生日を祝ってもらったことをすっかり忘れ、それを孫に指摘されると、「ボケた~ ボケた~ ボケた~」と明るく母は歌う。
認知症の人というと、徘徊や、会話が成り立たないといったマイナス面が強調され、かつては恥ずかしいことと考えられ、隠されることが多かった。しかし近年は認知症についての研究も進み、誰もがかかりうる頭の病気という理解が進み、たとえば映画の中でも認知症の人が描かれるケースが増えている。
今年日本で公開された作品だけでも「ポエトリー アグネスの詩」(イ・チャンドン監督)、「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」(フィリダ・ロイド監督)、「わが母の記」(原田眞人監督)、「別離」(アスガー・ファルハディ監督)、そして今作と続く。
作品の数が増えただけでなく、「ポエトリー アグネスの詩」や「わが母の記」のように主人公として登場し、人間味あふれる行動で観客の心をつかむ役回りを演じるケースも目立つ。
ドキュメンタリーの「毎日がアルツハイマー」もその路線の延長線上にある作品だが、認知症の人の普段の考え方や行動を理解する上でこれ以上の作品はないと断言できそうな内容である。そこには認知症の母親の実の娘という視線と同時に映画監督としてのプロの目が働く。
監督が狙った工夫の一つは、映画が時系列に進んでいくので流れを理解しやすい上に、2人の専門医による認知症の解説が絶妙のタイミングではさまっていること。認知症自体の理解を得られることで、その後の母親の言動が一つ一つ納得できるのだ。
たとえば順天堂大学大学院の新井平伊教授は次のように説明する。
「よく誤解をされるのですが、認知症の方は脳の機能が全部が失われるのではなく、95%は残っていて、それが正しい判断をする。ある時点ではきちんと対応できているのですが、その記憶が次の日にはつながらないだけです」
とりわけ感情面は豊かで喜びや悲しみの気持ちは十分に理解できるという。
二つ目は編集上の工夫だ。画面に監督の声を吹き出しで入れたり、監督自身がナレーション風にコメントを入れる場合もある。それが時にユーモラスな効果をあげて作品を客観視するのに役立つ。
そして三つ目は母親のキャラクターを自然に引き出していることだ。以前とはまるで性格が変わったように自由奔放に生きている。認知症になって隠れていたそんな性格が表面に出てきて、いい味を出していることを監督は見逃さない。
「母の脳には感情がしっかりと残り、いままでよりずっと感性が鋭くなった」
この変化を困ったこととは受け取らず、逆に面白がり温かく受け入れる娘がいる。この母にしてこの子ありといったところであろうか。
映画の中でもコメントしている遠藤英俊・国立長寿医療研究センター内科総合診療部長は5月の完成披露試写会に「この映画は、ぼくたち医療従事者や介護職、看護職がなかなか普段見ることができない姿というものを、映像を通して教えてくれると思います。映画を通してぼくたちが学ぶことはすごく多い」とメッセージを寄せる。
新井教授も「認知症の映画やテレビドラマを見たことがありますが、今回の映画はそれらと全然違う。何が違うかというと、1年や2年で病気がそんなに進行するわけではないということをキチンと描いています。アルツハイマー病になっても、ほとんどの機能が残っている、病気と闘いながら日々の苦しみの中で人生を送っている、そんな姿がこのドキュメンタリーで見事に映されています」と評価する。
前述の試写会で関口監督は映画を撮った感想をこう語る。「母を見ていてつくづく感じたのは、アルツハイマーになったからといって人生不幸せなんだろうか、ということ。もうひとつはアルツハイマーじゃないからといって人生幸せなんだろうか、と。そういう人生について深く考えさせられましたね」
「毎日がアルツハイマー」は7月14日より東京・ポレポレ東中野、銀座シネパトス、神奈川・横浜ニューテアトルで公開【紀平重成】
【関連リンク】
「毎日がアルツハイマー」の公式サイト
http://www.maiaru.com/