第408回 「ぼくたちのムッシュ・ラザール」のフィリップ・ファラルドー監督に聞く
自分が担任するクラスの教室内で教師が自殺するというショッキングな事件とその再生を描いたのが「ぼくたちのムッシュ・ラザール」だ。いじめを受けていた大津の少年による自殺事件と状況は異なるが、学校とは何か、生きることとは何かを考える上で示唆に富む。カナダのフィリップ・ファラルドー監督に聞いた。
「10年前の私だったらこの映画を作ることはできなかったと思います。5年前に原作の芝居を見ました。カナダにやって来た移民の男性教師の手で子供たちが一つの死を乗り越えて行く。それを見て心を揺り動かされました。移民という問題を政治的な視点を絡めずに扱っていた。僕がではなく、アイデアの方が僕を見つけて(これを映画にしろと言って)くれた。そんな気がしました」
ある朝、モントリオールの小学校でクラス担任の女教師が自殺する。第一発見者のシモン(エミリアン・ネロン)は牛乳当番で最初に教室に入る自分に当てつけた自殺ではないかと動揺する。事件前、家庭の問題で悩む彼を抱き寄せたのを拒み、逆にキスされたと言いふらし、女教師がとがめられたからだ。しかし遺書はなく原因は不明。
仕事が忙しく留守がちの母の愛に飢えている利発そうなアリス(ソフィー・ネリッセ)は、シモンのせいで担任が死んだと疑っている。その一方で、代理でクラス担任になったばかりのラザール先生(フェラグ)には懐き、出身地アルジェリアのことを調べ机のフタの裏側に写真まで張っている。
そのラザール先生は仕事熱心。子供達に真摯に向き合い、早く日常に戻れるようにと努力しているが、校長には嘘をついている。教職の妻がアルジェリアで政治的テロに遭って家族を失い、一人難民申請をしている不安定な身分だった。
自殺事件と難民申請という二つの難問が彼らの前に立ちはだかる。
ラザール先生には一つの信念がある。それは監督自身の考えでもあるのだろう。
「教室という場所はただ読み書きを覚えるところではなく、人生そのものを学ぶところなんです。またラザール先生は教室は神聖な場所で、自分の絶望をあらわにして自殺をするような場にしてはいけないと感じている人なんです」
だからこそ、ある日自殺の原因探しでクラスの子供同士が感情をぶつけ合った時、ラザール先生はこう言うのだ。
「自殺の原因を探してもどこにもない。教室という場所は友情、勉強、思いやり……それぞれの人生を捧げ分かち合う場だ。絶望をぶつけ合う場ではない」
たとえ教え方が少々時代遅れでも、常に子供たちに向き合おうとする、こういう先生がいれば不幸な事件がこんなにも相次いで起こることはないだろう。
「僕自身はこのような先生はあちこちにいると信じています。こういう場合、フランス語では“そんなカラーで夢を見るようなことはありえない”という風に言うのですが、彼はスーパーヒーローではなく偶然先生になってしまった人。でもそうなることを彼自身が必要としていたのです。家族を失ってしまったが故に自分の周りに子供たちを置きたかった。自分自身も喪を乗り越えていかなければならなかったし、子供たちが事件を乗り越えていくのを手伝えると感じたのではないでしょうか」
この作品には深い人間観察があるように思う。どのようなことを心がけたのだろうか。
「たとえば、このインタビューが終わって帰ろうとして、階段で転んで骨折したとします。これだけを見れば悲劇ですが、3年後にまたお会いすれば、“いやぁ、あの時はこういうことがありましてね”と同じことを面白い話にして語ることもできます。人生とはそういうもの。映画も真面目なものや楽しいものを一緒に入れることができます。この作品の前提が非常に悲劇的でしたので、できるだけ明るい方向に引っ張っていくようにしました」
主役の先生とシモン、アリスの3人は申し分のない演技を披露した。このキャスティングだけで映画の成功の大部分を占めているのではないか。
「私は映画を撮るお金が見つかる前から出演者を探し始めないといけないと考えています。先生役のフェラグは実際にアルジェリア出身で、フランスで探しました。コミカルな演技や芝居がかった演技をする人でしたので、映画ではどういう演技が生まれてくるか想像しながら選びました。それは子供たちの場合も同じで、出演者選びには十分に時間をかけました。撮影中はいろいろなミスが起きても許されますが、キャスティングだけは間違いが許されません。彼らに決まるまでに6カ月かかりました」
明るく清潔な教室が印象的。とくに一クラス20人のゆったりした編成は新鮮だ。
「カナダでは普通30人クラスです。映画では撮影の都合で20人にしました」
なるほど、それでと思いつつ、自身の学校時代を思い出した、小学校は60人近く、しかも教室が足りなくて2部授業だった。私学の中学、高校時代でも50人。それが良かったのか、悪かったのか。すぐには答えが出ない。
「ぼくたちのムッシュ・ラザール」は7月14日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「ぼくたちのムッシュ・ラザール」の公式サイト
http://www.lazhar-movie.com/