第412回 「画皮 あやかしの恋」の真の勝者は
夏の映画といえば怪談ものがよく話題に上るが、中華系の本作品に背筋が凍るような怖さを期待してはいけない。なぜなら妖怪ものという衣装を借りてはいるものの、むしろ究極の恋愛映画と言った方がふさわしいからだ。となると愛の表現も一筋縄では行かない? そう、見るものを必ずややきもきさせる禁断の恋のオンパレードと言っておこう。
原作は清の時代に蒲松齢(ほ・しょうれい)が書いた短編小説集「聊斎志異(りょうさいしい)」の一編。1987年には別の一編が「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」(チン・シウトン監督)として映画化され大ヒット。中国語圏映画の怪異ロマンスものという一大ジャンルの存在を強く印象付けたことは記憶に新しい。主演のレスリー・チャンとジョイ・ウォン、懐かしいですね。
さて、時は秦から漢に至る約2000年前の中国西域。将軍のワン・シェン(陳坤チェン・クン)は戦地で訳ありげな女性、シャオウェイ(周迅ジョウ・シュン)を助け故郷に連れて帰る。彼には相思相愛の美しい妻ペイロン(趙薇ヴィッキー・チャオ)がいた。
シャオウェイは誰もが心を奪われる美貌の持ち主だが、実はキツネが人間の姿に化けた妖怪。ワン・シェンに一目ぼれの彼女は正妻の地位をペイロンから奪うことを心に誓う。
一方のペイロンは街で次々に心臓をえぐられた死体が見つかる事件にシャオウェイが絡んでいると女の直感で確信する。それを夫に訴えるがワン・シェンは女の嫉妬と思い取り合わない。いやすでにシャオウェイの妖術に幻惑され正常な判断ができなくなっていたのかもしれない。
ワン・シェンをはさんだ女2人のバトルも見ものだが、この3人にさらに別の3人が絡んだ?六角関係?という構図なので話はややこしい。
夫の態度に困り果てたペイロンは、かつて夫の軍の指揮官だったパン・ヨン(甄子丹ドニー・イェン)を呼び出す。彼はワン・シェンの兄貴分である一方、密かにペイロンを愛していたが、彼女が結婚すると同時に軍を辞め諸国を流浪していた。
その彼と飲み屋で意気投合したシア・ビン(孫儷スン・リー)は妖魔に殺された父から術を伝授されていた降魔師(ごうまし)。事件の犯人捜しに全力をあげる二人に立ちはだかるのは、その連続殺人の下手人で、シャオウェイの愛を得ようとせっせと人間の心臓を彼女に貢ぐトカゲの妖怪、シャオイー(戚玉武チー・ユーウー)だ。
”六角関係”というと分りにくいが、主な登場人物に共通する「禁断の恋」というフィルターをかけて見れば、この作品で描かれる深く悲しい愛の姿が浮かび上がるではないか。
ワン・シェンは夢の中にまでシャオウェイを思い浮かべながら、愛する妻を裏切ることができない。シャオウェイは人をだますことはあっても人間に恋をしてはいけないという妖怪世界の掟を破ってしまう。妻のペイロンは助っ人のパン・ヨンを心憎からず思い、彼の本心も知っていながら、愛する夫を裏切ることができない。
そしてパン・ヨンは彼女を今なお愛しながら可愛い弟分を裏切るわけにはいかない。その彼に好意を寄せるシア・ビンは彼の心を知ってか知らずか自分の方に向けさせることができない。さらにシャオイーはひたすら愛する人のために下僕に徹するばかりだ。
禁断の恋こそ愛は燃えさかり、見る人を感情移入させていく。
それにしてもゴードン・チャン監督の演出は、女はかくも献身的で計略的なのに対し、男は献身的ではあるものの恋愛の計略ができないとやや定型化している。というより男は元々愚かで、正しい判断などできないか、愚鈍で愛に気づかないという風にも見える。いや、そのフリをしているだけ、つまりは男の優しさゆえなのかもしれないと信じたいが……。
ジョウ・シュンが一作ごとに魅力を増している。「孔子の教え」でチョウ・ユンファ演じる孔子を誘惑する南子役も良かったが、今作では誘惑する目に一段と妖しさが増し、その一方でペイロンから「あなたには本当の愛がわからない」と鋭い言葉の一撃を浴びせられた際に浮かべる何とも悲しそうな表情なども見応えがある。
夫の身を案じる貞淑な妻を好演したヴィッキー・チャオも大きな目が魅力的だったが、今回は難しい妖魔役を演じた分、ジョウ・シュンの方に軍配をあげたい。
女性ばかり紹介して恐縮だが、女降魔師を演じたスン・リーも若々しいさわやかな演技が光った。そのほか「881 歌え!パパイヤ」のチー・ユーウーがトカゲの妖怪役で存在感を放っていたのが印象的。
結末には触れないが、妖怪物は最後に人間が勝つというパターンがごく普通。この作品は見た目の勝ち負けでは真の勝者はわからないとだけ言っておこう。
続編は今年中国で公開され、記録的なヒットとなってる。早々の日本公開を期待したい。
「画皮 あやかしの恋」は8月4日より有楽町スバル座ほか全国公開【紀平重成】