第419回 「天龍一座がゆく」のごった煮性

「天龍一座がゆく」の一場面。一人3役をこなす主演の郭春美(アジアフォーカス・福岡国際映画祭提供=以下同じ)
「父の初七日」で台湾南部の素朴で熱い人情を描いた王育麟(ワン・ユィリン)監督が、新作を引っさげ再び福岡に戻って来た。アジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映された「天龍一座がゆく」。伝統演劇の台湾オペラを題材に役者たちの喜怒哀楽を舞台と実人生に重ね合わせた喜劇であり、メロドラマ、あるいはミュージカルとも言うべき奔放な作品。台湾南部の味付けはそのままに、監督の才能と好奇心がこってり盛り込まれた作品と言えるだろう。

妻の代役として見つけた男に演技を指導する夫
台湾オペラ(歌仔戯)の人気歌劇団「天龍一座」で花形の男役を演じる春梅(チュンムイ)は亡くなった父親の後任として座長を引き継ぐが、足を痛め舞台に立てなくなる。夫の志宏(チーホン)が代わりに劇団の運営を任されるが、偶然見つけた妻そっくりの男性奇米(チーミー)に春梅の代役をさせることを思いつく。さらに春梅の兄で先代から勘当同然だった放蕩息子の阿義(アーイー)に新人教育を任せる。この意表を突くシフトが意外な効果をあげ、劇団はピンチを脱したかに見えたが……。

恋のさや当てに団員たちは心穏やかではない
導入部分はテンポが良い分、人間関係を追うのに少し神経を使うかもしれない。だが、その後は台湾語が放つ猥雑だが親しみやすい濃厚な世界に浸ることができるだろう。
前作のスタッフとキャストの多くが再結集したこの作品の良さは、チーム自身が持つ独特のごった煮性だろう。笑いと涙なんでもござれと演じ分ける役者陣は、歌も踊りもこなしてしまう芸達者ばかり。
中でも実際に台湾オペラの人気俳優である郭春美(クオ・チュンメイ)の一人三役ぶりは素晴らしい。
舞台の上では歌と踊りで大向こうをうならせる艶やかな男役の看板スター、一方舞台を降りれば夫の浮気に心を痛め、ケガが治っても舞台に立てない苛立ちと不安から自分探しの旅に出るなどナイーブなところを見せる女性、そして代役に駆り出されおどおどと男装のスターを演じる“男役”。

放蕩息子ながら稽古の指導は容赦がない
この幾重にも交錯する役回りを難無くこなす彼女を抜擢した監督のセンスもまた素晴らしい。
前作では父の死を気丈に受け入れて行く娘を演じたワン・リーウェンが一瞬出てきたり、怪しげな道士をコミカルに演じた呉朋奉(ウー・ポンフォン)は先代の息子役として存在感あふれる演技を披露しているのもうれしい。
監督は登場人物を類型化して描くようなことはしないようだ。花形スターには心の悩みがあり、その夫は妻を愛しながら浮気もする有能なマネジャー、先代の息子は飲んだくれながらも後輩の指導は手加減しない。
誰もがどこかで必要とされているという人間関係は心地よい。それはほんの少し娯楽色と監督の思う理想像という“薬味”を加えているからだろう。

一昨年の映画祭で来日した際の(右から)王育麟監督、呉朋奉、劉梓潔監督
侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督はかつて「戯夢人生」で伝統芸能の人形劇「布袋戯」を描いたが、台湾オペラもルーツは農民社会の奉納行事に欠かせない芸事にある。それが、大衆娯楽演劇として発展してからは各時代の音楽や最近ではテレビなど現代的な文化のエッセンスを積極的に吸収し、庶民の芸能として親しまれている。
この柔軟性はどこかで見たことがある。シンガポールで元々はお盆の行事の一つだった庶民芸能が華麗なファッションを競う歌謡ショー「歌台(ゲータイ)」に変化したあの文化の変容だ。映画が越境する文化の代表例としてよく話題に上がるが、台湾オペラをはじめ他の芸能も結構頑張っている。
この作品も日本公開を期待したい。【紀平重成】
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「天龍一座がゆく」が上映された「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」の公式サイト
http://www.focus-on-asia.com/