第421回 アジアを漂流し続けるリム・カーワイ監督
マレーシア出身で、日本で電気工学を、中国では映画制作の理論と実践を学んだリム・カーワイ監督。その漂流する自身をなぞらえるように、ありそうであり得ない不思議世界を描き続ける同監督の「無国籍3部作」が一挙上映される。
リム・カーワイ監督の非凡さは映画制作の技術もさることながら、彼自身のボーダーレスに活動場所を移して行く行動力にある。それは自身の意思によるものなのか、それとも漂流と呼ぶに相応しい何か別の意思に突き動かされてのことなのか。
だからと言うべきか、監督の描く映画は、例えば香港を舞台にしながら、誰も見たことのない香港を「マジック&ロス」で見せたように、不穏で魅惑的で映画的興奮に満ちている。
その監督が、持ち味の不思議世界を維持しながら、日中関係という昨今の現実世界を微妙に交差させつつ描いたエンターテインメント作品が大阪を舞台にした最新作「新世界の夜明け」である。
制作は昨年だが、まるで尖閣諸島問題に揺れる現在の日中関係を予言するかのような会話が随所に交わされるのだ。
北京の“お嬢様”であるココは仕事が多忙で相手をしてくれないボーイフレンドに腹を立て、憧れの日本のクリスマスを見に1人来日する。ところが夢と現実は大違い。きらびやかどころか何とも古臭い大阪の新世界に迷い込み、騒動に巻き込まれていく。
唯一の知り合いであるアイヴィと入ったスーパーで中国産の野菜を手に取りながら、「なぜ中国のものばかり売っているの?」「中国も日本も貿易関係が悪化したら、どちらの国も大変」と後には戻れないほど緊密化した両国の相互依存関係に驚く。
さらに別の場面で友人のアイヴィは「最近、よく日中で問題が起きるので、ここの中国人も住みにくくなっている」とピリピリした空気をココに紹介する。
また監督は、ココに「20年前の北京よりボロい」「こんな狭い部屋に住んでいるの?」と日本に対するマイナスイメージを語らせる一方で、友人には「中国人は日本に来ても互いに助け合わず、自分の利益ばかり考える」と言わせるのだ。
旅行者の目ではなく実際に住んで見聞きしたからこそ分かる暮らしの実情を映画の中に巧みに取り込んでいる。時代の先を見通す深い読み、最新の動向への関心の高さ、さらに一方的には物事を判断しないバランス感覚の良さが際立つ。それらは漂流しているからこそ可能となる比較、分析ということだろう。
やがてココたちは暴力団や謎の人物にまで付きまとわれ始め、ドラマは後半、サスペンスの様相を帯びてくるが、ここに登場する暴力団がなんともヤワだ。たとえば「台北の朝、僕は恋をする」(アーヴィン・チェン監督)に出てきた謎の小包を追うワルのグループのように、どこか抜けていて憎めない男たち。徹底的に相手を痛めつけないではいられない韓国映画のヤクザとは大違いである。
また最新の動向を映画の中に取り入れリアルさにこだわる風を見せながら、その一方ではドタバタコメディの味付けを施すという本格派のエンタメ作品に仕上げているところにも才能の片りんがうかがえる。
監督の手にかかると、時代に取り残されたような新世界の街並みが逆にレトロで新たな輝きを放ち始めたように見えるから不思議である。
リム・カーワイ監督は自分のFacebookのページで『無国籍三部作』速攻鑑賞案内と称し、「サスペンス好き謎解きが得意の貴方に『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』、小難しいエロテックファンタジーを好む萌え系の貴方に『マジック&ロス』、日中関係に敏感に反応し変わった社会派群像劇エンターテインメントを楽しみたい貴方に『新世界の夜明け』お勧め」と述べている。
サービス精神に加え茶目っけもタップリな監督の人柄がうかがえる。
その監督に吸い寄せられるように三つの作品には国境を越えて、アジア各地から多彩なスタッフ・キャストが参加した。中国の新進女優、史可(シー・カー)、韓国の「息もできない」のヤン・イクチュン監督、 日本のプロデューサー兼女優の杉野希妃。
かつての、いかにも合作しましたというような異物がそのまま残って飲み込みにくいという感じがなく、見事に溶け合っている。リーダーである監督自身がすでにボーダーレスなのだから、これは必然と言えるかもしれない。
リム・カーワイ監督の次の企画は「国境三部作」という。これも完成が待たれる。
「新世界の夜明け」を含む「リム・カーワイ監督特集 シネマ・ドリフターの無国籍三部作」は10月13日(土)~同18日(木)、オーディトリウム渋谷にて連日21時10分より監督と豪華ゲストのトークショー付き上映【紀平重成】
【関連リンク】
「リム・カーワイ監督特集 シネマ・ドリフターの無国籍三部作」の公式サイト
http://cinemadrifter.jimdo.com/