第425回 ホン・サンス 恋愛映画の魔術師
ホン・サンス監督の作品と言えば、恋する男女の粋な会話と、どう転がるか分からない愛のもつれの思わせぶりな見せ方に最大の魅力がある。その多様な愛の形を堪能したい人には、最近の4作品を集めた「ホン・サンス/恋愛についての4つの考察」がお勧めだ。あなたはどの作品に“共振”する?
ホン・サンス監督の作品には必ずと言っていいほど映画監督や大学教授が出てきて、酒とタバコが好きな、女を口説かないではいられない男として描かれる。そんな自分勝手で甘えん坊、でもどこか憎めない男たちをもてあましながら、それでも彼らを可愛がる女も一方に登場する。それが決まって美しく魅力的なのだ。
しかし、どれも何気ない恋愛のやりとりなのに、一つとして同じではなく、何度も見たくなるのはなぜか。
それは男と女が交わす味のある会話や俳優たちの生き生きとした演技、さらに予想もつかないコメディタッチの展開という三つの魅力が織りなす綾のゆえと言えるかもしれない。
監督は良く練りこんだ脚本を用意することで知られるが、これを撮影当日の朝まで俳優に渡さないという。俳優はセリフを覚えるのに必死で、演技を熟考する時間もないまま、本番を迎えることになる。
当然ながら、俳優は集中してその場にふさわしい演技をする。それは登場人物になり切らないとできない演技と言えるかもしれない。“入魂”の演技は俳優をより魅力的に見せることになる。まさにホン・サンス・マジックと言われるゆえんだろう。
たとえば一昨年のカンヌ国際映画祭「ある視点部門」グランプリの「ハハハ」は、同監督作品の常連で「殺人の追憶」(ポン・ジュノ監督)の若手刑事役が鮮烈だったキム・サンギョンと、「オアシス」(イ・チャンドン監督)の演技が印象深いムン・ソリの絶妙の競演が見所だ。
港町でふぐ鍋料理店を営む母親にカナダに行くことを伝えに来たムンギョン(キム・サンギョン)は、史跡の観光ガイド、ソンオク(ムン・ソリ)に一目惚れする。彼女は足がきれいで肉感的。海兵隊出身の恋人チョンホ(キム・ガンウ)がいても、お構いなしに後をつけストーカーまがいに家まで追いかける。
最初はうっとうしがられていたムンギョンは、恋敵の敵失に乗じてまんまとソンオクとお近づきになり、念願のデートとなる。朝から酒を飲みすっかりいい気分となった2人だが、ソンオクのセリフは意外にも「ここで別れましょう。このまま一緒にいたい気分だけど」。はたしてムンギョンの思いは遂げられるのか。
彼女のセリフも粋であるが、一途に一目惚れの女に迫るムンギョン、そんな男に徐々に心を開いていくどころか、大胆な行動に出るソンオクの心の変化を見るだけでも楽しい。中でも食堂で朝食を食べつつソンオクがゴロンと腹ばいになり、ムンギョンが彼女のために書いた詩を読み上げるシーンは色っぽく、ムン・ソリの名演技の一つとして記憶にとどめることになるだろう。
「次の朝は他人」の女たちも美しい。先輩に会うためにソウルを訪れた映画監督ソンジュン(ユ・ジュンサン)は先輩とその連れのポラムという女性教授と3人で食事をする。その後行ったバーでは、昔の恋人そっくりのオーナーの魅力にくぎ付けとなり、3日続けて通うことに。そして雪の降る夜、路上で強引に彼女を抱きよせる。
「浜辺の女」ではショートカットがチャーミングだったソン・ソンミがロングヘアーをかき分ける才色兼備の女性教授を好演し、バーのオーナーと昔の恋人の一人二役を演じたキム・ボギョンは、強さと可愛らしさを併せ持つ女のミステリアスな一面をスクリーンに焼き付けた。
監督の手にかかると女優がかくも美しくなるから不思議である。
今回の4作品は「よく知りもしないくせに」「教授とわたし、そして映画」の2本を含め、タイトルも意味シンで秀逸だ。身勝手な自己を客観視し、自らの戒めとなるようなタイトルをあえて付けたと言わんばかりである。どのタイトルも人間心理を赤裸々に表しており、見る前から作品の内容をあれこれ想像してしまう。これはこれで実にサービス精神旺盛と言えるだろう。
「ホン・サンス/恋愛についての4つの考察」は11月10日よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国公開【紀平重成】
【関連リンク】
「ホン・サンス/恋愛についての4つの考察」の公式サイト
http://www.bitters.co.jp/4kousatsu/