第428回 「愛の身替わり」エミリー・タン監督に聞く

「愛の身替わり」の一場面。右がヨングィ(チェン・タイシェン)、左はチャオユー(ヤン・シューティン)。(東京フィルメックス提供=5を除いて以下同じ)
東京フィルメックスには08年の「完美生活」に続いて2回目のコンペ参加。上映後のQ&Aで「私の一番好きな映画祭。ありがとうございます」とあいさつしたエミリー・タン監督に、その直後にインタビューした。
実は4年前にも監督にお会いしている。中国の審査について聞いたところ、「当局の審査より、いま一番心配しているのは大陸のマーケット事情」と答えていたのが印象的だった。「ジャッキー・チェンと市場めぐって闘うのは大変なこと。毛沢東時代、映画は政治に利用されました。トウ・ショウヘイの時代は映画がコントロールされていました。そして今はクレイジーな市場に委ねられています。厳しいけど作り続けることで映画の将来に希望を持ちたい」

一人息子を亡くしたヨングィは仕事にも身が入らない
その次回作が今回の「愛の身替わり」だ。4年も空いているので、「じっくり撮るタイプでしょうか」と聞いたところ、09年の年末には撮影が終わっていたという。
「投資してくれた制作会社とうまくいかなくて1年ほどもめ、それで時間がかかりました。再編集を始めたのがようやく昨年の末でした。こういう問題は今後中国で多くなると思います。投資する人は多いですが、目的がある。しかも映画産業を理解していない人たちがいて、こうしてくれ、ああしてほしいと理解不能なことを言う。そういう中で闘っていかなくてはいけないのです」

ヨングィの妻ユンチェン(リャン・ジン)は様々な思いに暮れる
「愛の身替わり」は建設現場の責任者として働くヨングィ(チェン・タイシェン)が、近所に住むフーマンという男の運転する荷車の事故で一人息子を失うことから始まる二組の夫婦の葛藤を描く心理ドラマだ。
裁判所はフーマンに賠償金を払うよう命じるが、自身も大けがしたフーマンは入院費にも事欠き、支払いを拒否する。一方悲しみにくれる妻のユンチェン(リャン・ジン)を慰めようとしたヨングィは、彼女から驚くべき事実を告げられる。密かに不妊手術を受けたので、もう子供を産めない体だと。愛する対象をもう得られないと知ったヨングィはフーマンの妻、チャオユー(ヤン・シューティン)のもとに向かうが……。

初主演で印象的な演技を披露したチャオユー役のヤン・シューティン
その後のヨングィや事故を起こした張本人のフーマンの身勝手な行動が目立つ男性とは対照的に、二人の妻には同情を禁じ得ない。Q&Aでも質問が出たが、さらに制作の意図を監督に聞くと、「わがままな男のために、自分を犠牲にしても代償を払おうとする多くの女性に同情し、エールを送りました」。
とはいえ、作品は男たちも傷つき、女性たちも犠牲ばかりではないという風にも読み取れる。
「そこが人生の複雑さなんです。思いもよらぬことが起きた時、軸が狂うようにまた驚くことが誘発される。この作品ではその複雑さを描こうとしました」
題材は実際に起きたいくつかの話をもとに、一部フィクションも交えたという。脚本は「ミスター・ツリー」のハン・ジエ監督が第1稿を書き、そこにエミリー・タン監督が直しを入れていくという形をとった。
「ハン・ジエ監督は地方の出身なので、農村部の言葉づかいとか雰囲気をよく理解していて、とてもよく書けていました」
中国では来春以降、いくつかの大都市で公開が予定されている。「公開のためにカットされるところは」との質問に、「ご覧になったのは審査を通過したバージョンなので、これが上映されます。ただ重要なセリフが削られたのは残念です」と打ち明ける。

エミリー・タン監督(2012年11月25日筆者写す)
押しかけたヨングィが「おしまいなんだ。(自分には)後継ぎはできないんだ」と胸の内を吐き出すと、フーマンの妻チャオユーは立場の違いを越えて同情心を寄せる。ここが心理描写の微妙な部分だ。
「その前に、ヨングィ夫婦が夜の営みをしようとしたときのセリフが重要です。もしもカットされず残っていたら、その後の場面でチャオユーの不自然とも思えるヨングィへの同情心がより強く理解できたと思います。ベッドで泣き出した妻にヨングィが理由を聞いた場面で、審査を通ったセリフは『あなたが男の子はもういるから、子供はいらないと言ったじゃないの。だから不妊手術をしたのに』ですが、もともとは『もう男の子はできたので、政府によって不妊手術をさせられた』でした。そこをカットされました」
映画市場や投資家も難敵だが、まだまだ審査も厳しいということか。
次回作は天津にあったイタリア租界を舞台にしたドキュメンタリー。
「土地とそこに生きる人間との関係を撮ります。新中国成立の49年に一夜にして土地を手放さねばならなくなった医者や弁護士といった人たちが、家族ともどもどのような運命をたどったかを描こうと思います」
全体で100分のドキュメンタリーの中に20分フィクションを加える。「完美生活」もドキュメンタリーとフィクションが混じった作品。このスタイルがお気に入りのようだ。
「またフィルメックスでお会いしましょう」。別れ際に声をかけると、フフフという笑顔が返ってきた。【紀平重成】
【関連リンク】
「第13回東京フィルメックス」の公式サイト
http://filmex.net/2012/