第432回 「はちみつ色のユン」が語るもの
朝鮮戦争後、1960年代から70年代にかけて韓国では20万人を超える子供が国際養子として異国の地に引き取られていった。その一人である韓国系ベルギー人の漫画家ユンが、自身の体験をアニメーションと家族の8ミリフィルム、ニュース映像などをつないで描いた自伝的ドキュメンタリー。顔立ちの違う者同士が一つの家族になることや自身のルーツ探しで生まれる葛藤をどうにか乗り越えていく姿を、説得力ある映像で描いている。
国際養子という同じ題材で映画やドラマになった作品が韓国には多い。テレビドラマの「ホテリアー」でペ・ヨンジュン演じる冷酷な企業買収家は、養子体験のトラウマで韓国嫌いになったという設定。一方、「ごめん、愛してる」のソ・ジソプは、養子先のオーストラリアでチンピラ生活を送る青年役だ。
映画でも「国家代表」(キム・ヨンファ監督)でハ・ジョンウ演じるスキージャンプ選手は母を捜すことが母国訪問の本当の目的だった。そして韓国系フランス人ウニー・ルコント監督の自伝的映画「冬の小鳥」は、父に捨てられたという事実を認めることができず、保育院で迎えに来る当てのない不安な日々を過ごすいたいけな少女の幼年時代を抑えた筆致で描いた。
現在、30~50代になった養子の中には、今なおアイデンティティの確認に苦しんでいる人がいるという背景がある。ローラン・ボアローと共同監督も務めたユン監督の場合はどうだったのか。
ユンは、実子が4人いるベルギーの夫婦に養子として迎えられる。しつけは厳しいが公平な両親のもとで、生まれて初めてお腹一杯ごはんを食べ、おもちゃで遊ぶ。やがてフランス語を覚え、韓国語を忘れ、髪の毛や肌の色など外見の違いを気にしない家族と暮らすうちに、絵の才能に目覚めていく。そんな彼の前にもう一人、韓国からの養女・ヴァレリーが現れる。外見が自分そっくりの彼女を見たとき、ユンは自分が何者かを意識し始めるのだ。
この作品が優れているのは、実写とアニメーションを、描く場面に応じて使い分けていることだ。ニュース映像は国際養子が次々に飛行機で国外に送られていくリアルな映像をとらえ、家族の8ミリフィルムはユンの髪の色の違いを赤裸々に映し出す。そして40年ぶりに韓国に戻ったユン監督はかつての孤児院を訪ね、幼い自身の2枚の写真と対面する。かすかに監督の面影を漂わす幼い顔は不安げにカメラを見つめている。
一方、アニメーションはユンの内面の動きをビビッドに表していく。わけ隔てのない家族なのにユンは妹のコラリーに「ねぇコラリー…、お前にとって俺は本物の兄か?」と尋ねる。別の場面ではこうも聞く。「ママは俺のこと、好きかな?」
想像の実母と絵を描くことで会話をし、育ての母には愛情の証を一方的に求める。そんなヒリヒリとした心を視覚的に追体験していくのにアニメーションという媒体はふさわしく見える。
ラストで育ての母からユンが声をかけられたある言葉は、葛藤でがんじがらめになったユンの心を溶かし、鉛筆書きのイラストと共に感動的な場面となる。長かった自分探しの旅がひとまず終わったことを示す瞬間だ。
韓国映画には血のつながりのない数人の男女が、さまざまな試練を乗り越えて“家族”を紡いでいく「家族の誕生」(キム・テヨン監督)という作品がある。家族は最初から家族としてあるのではなく、長い触れ合いを通じて家族になっていく、とでもいうようなメッセージは、「はちみつ色のユン」とどこか呼応する部分がありそうだ。
同作品は2012年のアヌシー国際アニメーションフェスティバルで観客賞とユニセフ賞を受賞した。
「はちみつ色のユン」は12月22日よりポレポレ東中野、下北沢トリウッドほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「はちみつ色のユン」
http://hachimitsu-jung.com/
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