第433回 12年私のアジア映画ベストワン(1)
新年早々に発表する恒例の「私のアジア映画ベストワン」。8回目の今回は趣向を少し変え、6~10位を先に紹介します。2012年に本コラムの読者のみなさんから支持された作品の第6位は韓国映画「ポエトリー アグネスの詩」(イ・チャンドン監督)でした。
韓国映画ファンの山中さん。「『サニー 永遠の仲間たち』や『トガニ 幼き瞳の告発』も捨てがたいけど、見た後で余韻にひたることができたのはこの作品。巨匠は本当にすごいです」と賛辞を送る。
続く第7位は昨年の「ベストワン」で2位に輝いた「セデック・バレ」(ウェイ・ダーション監督)が2年連続のランクイン。映画評論家の暉峻創三さんは「現地台湾では2011年に公開された作品だが、2012年大阪での上映会場(大阪アジアン映画祭)にみなぎっていたどよめき交じりの熱気が忘れ難い。スペクタクル性と哲学性、社会性が何の矛盾もなく並立した作品。いよいよ4月に迫った日本公開も楽しみ」。
同監督が製作に回った台湾南部、嘉義農林学校野球部の甲子園準優勝の実話を描いた「KANO」(マー・ジーシアン監督)も3月クランクアップ予定で、こちらも楽しみ。
そして第8位は韓国映画「高地戦」(チャン・フン監督)。青山真理子さんは「戦争映画の新たなマイルストーンになる傑作。小さな丘が連なる高地という特殊な場所で、取ったり取られたりを繰り返す戦闘。ユーモアを忘れず生き生きと描写されるキャラクター。戦いの中のつかの間のあたたかな交流。そして地獄にも更なる底があると思い知らされる戦争の愚かしさ。観客は現実に起きた出来事に主人公たちとともに絶望し、映画の中のセリフに奮い立たせられる。主人公の所属する『ワニ中隊』の仇名の由来を語る演説は、映画中の名演説して記憶されることだろう」と熱弁をふるう。
第9位には昨年の東京国際映画祭で上映された「ホメられないかも」。中国インディペンデント映画祭を主宰する中山大樹さんは「ヤンジン監督のテイストを守りつつ、児童映画としても成功している特筆すべき中国映画だと思います。日中関係がこじれる中、東京国際映画祭に参加した意味も大きかったのではないでしょうか」と評価する。
この作品、筆者は未見。次の中国インディペンデント映画祭には是非とも加えてください。お願いします。
10位には「アリラン」(キム・ギドク監督)が滑り込んだ。東京フィルメックスの岡崎匡さんは「これまでのギドク作品の熱烈なファンのためだけのドキュメンタリーではなく、むしろ未経験者にこそ強く薦めたい。なぜなら、この記録を見るとき、その人間に強い興味を抱き、彼の作った映画を見たいと願うようになるから。中毒性の高い映画です」とこちらもアクの強いコメントだ。
11位以下は順不同でご紹介。
xiaogangさんはホン・サンス監督の「3人のアンヌ」を挙げる。「大女優イザベル・ユペールを主演に迎えながら、気負うことなく言葉の通じなさをネタにして、流暢な英語からコリアン英語までを駆使して変奏しながら繰り返される物語のいつも通りさ。にもかかわらず、めずらしく女性が主人公で、しかもおばさんなのにかわいさいっぱいの女の子映画に仕上がっている、もしかしたら新境地かもというさりげなさ。そのあたりの力の抜けた匙加減がすばらしいと思います」
一方、大学院生ジュリエットさんのベストワンは台湾映画「ハーバー・クライシス<湾岸危機>Black & White Episode 1」(ツァイ・ユエシュン監督)だ。「大好きなマーク・チャオ主演ということで、台湾で3回、東京で3回見てしまったのですが、見れば見るほど突っ込みどころが増殖し、『商業映画なのに、6回見ても理解できない私って馬鹿なの?』と混乱が深まるばかりでした。理解できない自分が馬鹿というより、『次は分かるかも』と期待して回数を重ねてしまった自分が馬鹿と言うべきでしょう。普通の観客は1回しか見ないと思うのですが、皆さん理解できているのでしょうか???台湾では鳴り物入りの大作を公開直後に見たせいか、映画館はどの回も満席で観客の反応も良く、館内全体がいつも熱い空気で高揚していました。ハリウッド映画を見慣れている台湾人が、この程度のアクションやCGで感動するの?と訝りつつも、観客たちの熱に感染して、私もテンション高く鑑賞しました。一方、日本で見た時は3回とも映画館ガラガラ。字幕付きでも内容が理解できなくてカタルシスが得られず、寒々とした空気の中では気持ちも入らず。作品を最後に名作へと格上げするのは観客なんだなあ・・・などと感じ入った次第です」
6回も見たのだから少し長いコメントも許しちゃいます。
文筆家の宋莉淑(ソン・リスク)さんが選んだのは「踊る大捜査線THE FINAL 新たなる希望」(本広克行監督)。その理由を「15年に渡るシリーズの最終作」とし、「これまでのシリーズ作品のクオリティをきっちり超えていたこと。そして、ストーリーだけでなく、キャラクター設定や小道具、音楽なども含めて奥深い作品に仕上がっている。1カットや細部に渡った演出にまで数々の仕掛けが施されていて、遊び心が満載。驚きと感動を与えられ、エンターテインメント映画の新たな可能性を感じた」
「『映画ファンのための』韓国映画読本」の編集者、千葉一郎さんは「哀しき獣」(ナ・ホンジン監督)を挙げ、「八方ふさがりの状況に陥った男に唯一、残された自由は、ただひたすら己の生を燃やすことだった。そして、違ったベクトルでやはり “生きる” ことに異様な執念を抱く男が、主人公の前に立ちふさがる。引く(故郷に帰る)も地獄、進む(韓国に止まる)も地獄。そんな男の最終的な行き場所が、両者の中間地点(黄海=原題)となることは、力学的にあまりに正しく、あまりに切ない。ふたりの男の壮絶な生き様が、のんべんだらりと日々を生きている観客の目を覚まさせる、問答無用の一本」
せんきちさんはホラー映画の分類で昨年の東京国際映画祭で上映された「怪奇ヘビ男」(ティ・リム・クゥン監督)を推す。「ラブロマンス、歌謡映画、アクション、そしてお色気と、ありとあらゆる娯楽映画の要素がてんこ盛りになったとんでもない(勿論褒め言葉です)映画でした。特に約30分に1回繰り出されるお色気ギャグは、まるで日活ロマンポルノのルールを先取りしたかのよう。そして何より、インコとヘビ娘の友情、ヘビ男一家の家族愛の素晴らしさ! また、あのようなストーリーだと後半はドロドロの復讐劇になりがちなのですが、敵役面々(呪術師の婆さんは除く)もどこかおかしみのある人物造型で、さりげなく善行を勧めるというオチにもほのぼのとしたものを感じました」
さらにもう1本。ここでしか見ることができない作品を公開し続ける個性派映画館「ポレポレ東中野」の支配人、大槻貴宏さんは「あの頃、君を追いかけた」(ギデンズ監督)を挙げ、「昨年の2月に香港で見ました。一言で言って、“Viva puppy love!”。“初恋”とはちょっと違う、そこまで重くない、笑って話せる幼い時の淡い想い。彼女より友人を優先しちゃったり、あと一歩を踏み出さなかったり、思い出すと胸が痛くなるとかではなく、恥ずかしくて妙な汗が出そうな感じの、恋愛を知らない前の恋心。誰もが抱いた感情を描いた素敵な映画です」
いやいや、みなさん熱い。でも、あれが入っていないと思われた方。そうです、次回紹介のベスト5に入っているかも。ご期待ください。【紀平重成】