第434回 12年私のアジア映画ベストワン(2)
恒例の「私のアジア映画ベストワン」は、いよいよベスト5のご紹介です。まずは第5位の「老人ホームを飛びだして」(チャン・ヤン監督)から。
昨年の東京国際映画祭アジアの風で上映された同作品をベストワンに挙げるのは、11月に「中国映画の熱狂的黄金期」(岩波書店)を上梓し、国際的に知られた第5世代以降の映画よりも大衆から支持されたもう一つの太い映画の流れにスポットライトを当てた劉文兵さん。「『飛越老人院』(原題)は、経済成長の陰で家族愛や人間同士の結びつきの親密さが薄れてしまっている中国社会の現実を、落ち着いた語り口と素朴な手法を用いて描くことで、近年の大作映画ブームの中で失われつつある中国映画の良き伝統を蘇らせている」と冷静に評価する。
同作品は「古井戸」のウー・ティエンミン監督や「初恋のきた道」のリー・ビンら豪華キャストの競演も話題になった。
続く第4位は、昨年の東京フィルメックスで上映された中国映画「ティエダンのラブソング」(ハオ・ジェ監督)。吉井さんは「『二人台』という民間の伝統的な芸能を取りあげているにもかかわらず、ありがちな説教くさいものにならず(インディペンデントですから当然ですが)、民間芸能の世界をうまく活かしながら、農村の人たちの世界を見事に描き出していたなと思います。単純に笑えたという意味で、面白かったという側面もあります」という感想を寄せる。
ジャ・ジャンクー監督が描いた「プラットホーム」と時代や地域、テーマが重なる作品。どちらも哀感漂うところは同じだが、ハオ・ジェ監督作品の方が娯楽性に富んでいたように筆者は感じた。また1人3役をこなしたヒロインのイェ・ランが東京フィルメックスでのQ&Aで終始笑顔を絶やさず観客を魅了していたのが印象的だった。
そしていよいよ第3位は韓国映画「トガニ 幼き瞳の告発」(ファン・ドンヒョク監督)。「挫折する力 新藤兼人かく語りき」(新潮社)の著書がある映画評論家の中川洋吉さんは、韓国での公開後に「トガニ法」と呼ばれる児童虐待防止の法律整備につながったと言われる作品の社会性に着目し、「日本の若手世代の監督と比較し、韓国の若手には現実との寄り添い方に本気度の違いが見られます。この点において、韓国映画には歯が立たないというのが、私の認識です。この強さ、中国の若手世代の作品にも同様のことが言えます」と分析する。
さらに第2位は、またしても韓国映画から「サニー 永遠の仲間たち」(カン・ヒョンチョル監督)。東アジア5地区の興行ランキングを速報するサイト「東亜電影速報」を主宰するbanzong 坂口英明さんは「12年は、しみじみとした映画が印象に残りました。『桃さんのしあわせ』や『老人ホームを飛びだして』『失恋の33日』も考えましたが、やはりこの作品」とし、「日韓や日中間で対立とか衝突といった言葉が飛び交う年でしたが、同じ時代を生きるアジア人として共鳴できる、現代のフツーの人間を描いた何本かのアジアの佳作と出会えてよかったと思います」と振り返る。
70~80年代と現代を行き来しつつ、青春の甘酸っぱさをヒットソングに乗せて紡いでいく仲良し7人組の自分探しの物語。最近ブームの「現在の地点から過去を振り返る作品」の中でも成功した部類の一つだろう。
とうとうやって来ました。「12年私のアジア映画ベストワン」で最も多くの支持を集めたのは中国・香港合作の「桃さんのしあわせ」(原題「桃姐」、アン・ホイ監督)。
vivienさんは「端正な演出からにじみ出る情感、心に染み入る作品でした。映画プロデューサーとメイドの桃さんの主従関係が、桃さんの老いと病を契機に家族のような関係に変化して行くさまをユーモアを交えてつづり、そのぬくもりを捉えた繊細な描写に思わず涙がこぼれます。主演のふたりの好演も見応えがありました。時に少女のような愛らしさを見せる桃さんが素敵。冒頭、ツイ・ハークとサモ・ハンの登場に驚いたのですが、最後にはレイモンド・チョウまで……。香港映画人の特別出演も楽しい一作でした」と余韻に浸る。
冬猫さんは「美しいピアノの旋律を背景に、ディニー・イップの静かな演技が心にしみ入りました。お料理のシーンも印象的。“老い”をこのように自然に、穏やかに、ときにコミカルに描いた監督に拍手。自分が齢を重ねるとき、局面ごとに思い出したい作品です」と拍手する。年代を越えて共感する作品ということだろう。
えどがわわたるさんは「昨年3月高雄滞在時に見た本作は、今でも鮮烈に残っており、主演女優ディニー・イップの演技と、香港映画界のスターであり続けているアンディ・ラウのオーラを抑えての演技とが相まって、素晴らしい作品だった。老いは国境を越えて理解出来るテーマだが、香港という過密都市の事情をエピソードとして上手く取り込み、“香港の映画”として仕上がっている点にも監督の力量がうかがえる」と絶賛する。
一方、勝又さんは「使用人と主家の息子という一言では表せない疑似家族的な二人の関係に心を打たれる作品でしたが、どうしてもヘンなところに引っかかるのが私の悲しい性。アンディ・ラウ演じるロジャーは、もしかしてゲイ?華やかな世界で活躍しているシーンはあれど、女性の影はなく、仲の良い仕事の関係者も、つるんでいる友達も男ばかり。桃さんへの献身を際立たせるために、彼の恋愛模様などは不要なので、カットしたのかもしれませんが、なんとなく気になりました。しかし、忙しく仕事をしていて、家で家事一切を切り盛りしてくれる気心知れた人がいれば、恋愛はしても結婚の必要性はないのかもしれませんね」と変化球のコメントだ。なるほど。
そして筆者のベストワンもこの作品。香港という街と香港映画への限りない愛に満ち、生きることの悲しみとささやかな人生への肯定感が伝わってくる。地味な物語をかくも感動的な話にまとめ上げた監督の手腕に改めて敬意を表したい。【紀平重成】