第436回 「奪命金」

気のいいヤクザのパンサー(ラウ・チンワン)は兄貴のために奔走するが……(c) 2011 Media Asia Films (BVI) Ltd. All Rights Reserved.(以下同じ)
ジョニー・トー監督の作品を見ると、いつも心地よい気分に浸ることができる。それは監督の手腕と俳優の演技力、題材等が見事に溶け合った上質の職人芸を目の当たりにしているという実感があるからだろう。世界金融危機を背景に、お金に振り回される香港の人々を描いた今作も、間違いなくその系譜に連なる作品だ。もちろん、お馴染みのサスペンスの味付けはそのままに。

銀行の金融商品営業担当のテレサ(デニス・ホー)は成績が上がらないことに悩んでいる
映画は三つのパートからなる。無関係に進んでいるように見えた話が次第に絡み合い、それぞれの主人公は互いに顔を知らないまま、ラストですれ違うという見せ方も鮮やかだ。
妻から新しいマンションの購入を相談されている香港警察のチョン警部補(リッチー・レン)は、気が乗らず仕事を口実に話をそらすばかりで妻をがっかりさせている。

香港警察のチョン警部補(リッチー・レン)はマンションの購入を迫る妻の話に乗り気ではない
銀行の金融商品営業担当のテレサ(デニス・ホー)は、成績が上がらず解雇の不安から、中年女性のチェン(ソー・ハンシェン)にリスクの高い投資信託商品を売り付ける。
気のいいヤクザのパンサー(ラウ・チンワン)は、逮捕された兄貴分の保釈金集めに走り回り、同郷の投資会社社長ドラゴンを訪ねる。

テレサからハイリスクの投資信託商品を勧められるチェン(ソー・ハンシェン)
その時、ギリシャ債務危機に端を発した世界同時進行の金融資産下落が始まり、香港にも大波が押し寄せる
。
チョン警部補の妻は夫に内緒でマンションの仮契約をしていたが、手付金のあてにしていた株の処分が株価下落で暗礁に乗り上げパニックに。そこへ夫が犯人と一緒にエレベーター内に閉じ込められていることを伝えるテレビニュースが飛び込む。
一方、顧客からのクレーム処理に追われるテレサのところに高利貸しのチャン(ロー・ホイパン)が1000万香港ドルを下ろしにやってきた。半分の500万香港ドルを持ち出し、残りを預けて帰ってしまうが、携帯を置き忘れた彼を追いかけたテレサが見たのは、地下駐車場の車の中で血まみれになっているチャンの姿だった。
そのチャンを狙っていたのはヤクザのパンサー。ドラゴンが大陸マフィアから預かっていた金の投資が失敗し、穴埋めにチャンを襲って金を奪う手はずを整えていたが、予想外のことが起きて……。
一獲千金を狙ったわけではない。やむにやまれず、あるいはささやかな幸せを望んだだけの行動が次々と玉突きのように連鎖し、彼らの運命を変えていく。
それにしてもトー監督の題材の集め方は徹底している。リスクの高い金融商品を顧客が購入する際に、納得して購入したという証拠として会話を録音するシーンが出てくる。リスクは承知しているかといったテレサの設問がすぐには理解できず女性が意味を尋ねるたびに、また最初から録音をやり直すという緊迫したシーンが生々しい。

高利貸しのチャン(ロー・ホイパン)は金融危機がチャンスと銀行に駆けつけ預金を引き下ろす
あるいは投資信託の購入を自分に持ちかけるテレサを鼻で笑い、高利貸しのチャンは銀行がリスクの高い商品を売りつけ手数料でしっかり儲けている手法を厳しく指弾する。
テレサの出てくるパートがシリアスで金融機関を辛らつに描いているのに対し、ラウ・チンワン演じるお人好しのパンサーが出てくるパートはコメディー調。兄貴分の保釈金を集めて回る涙ぐましい努力と、その甲斐のない結果にはブラックな笑いが付いて回る。目をパチパチさせながら、相場師のコツまで学び始める意欲的な姿は、ラウ・チンワン式ヤクザとしか言いようがないほど生き生きとしていて魅力的だ。
芸達者は彼だけでなく脇役にもそろった。欲にくらんでハイリスクの投資信託商品を買ってしまった中年女性のチェンを演じたソー・ハンシェンと、札束こそ信じられるものと考える高利貸しのチャンを好演したロー・ホイパンは、それぞれ香港電影金像奨最優秀助演女優賞と男優賞を受賞している。
勝つか負けるか、あるいは天国と地獄のどちらへ行くか。悲喜こもごもの結末が待っているが、今回はうまくいった人も、次は成功するとは限らない。そんなマネーゲームの危うさを内包しつつ終わっているのがまたいい。
教訓めいた作りにはなっていないからこそ、素直に金と欲の世界のおぞましさや人間の考えることの浅はかさ、可笑しさが読み取れるのである。
「奪命金」は2月9日より新宿シネマカリテ、シネマート心斎橋ほか全国順次公開【紀平重成】
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「奪命金」
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