第443回 「親愛」のチカラ

「親愛」の一場面。ヒロインのシュエニーを演じるユー・ナン(大阪アジアン映画祭提供=以下同じ)
今年の大阪アジアン映画祭で中国の「親愛」(リー・シンマン監督)がグランプリを受賞したことは、少々大げさに言えば今後の日中関係を考えるうえで一つの光明を見出すきっかけになるかもしれない。
もちろん映画と政治とでは一緒に語ることができないほど規模も質も異なるが、映画も政治に巻き込まれる昨今の事情を考えれば、その逆を想像しても許される余地はあるだろう。
リー・シンマン監督は今作が長編デビュー作だが、ジョン・ウー監督の「レッド・クリフ」で助監督を経験しているので、キャリアは十分に積んでいると見たい。それが証拠に「トゥヤーの結婚」のユー・ナンという人気女優のキャスティングに成功している。

弁護士から意外な事実を知らされ動揺するシュエニー
作品は日中の激動の歴史が今なお影を落としていることをうかがわせるある庶民の物語だ。
中国残留孤児の日本人養母に育てられたシュエニー(ユー・ナン)は日系企業で働くビジネスパーソンだ。仕事に専念して幼い一人息子の育児を養母に任せきりだった彼女は、その養母を亡くして途方に暮れる。そこへ実の母親と名乗る貧しい身なりの女性が現れ家に住みついてしまう。彼女のやることなすことがすべて気に障るシュエニーだが、なぜか息子は農村出身の老いた女性になついてしまう。
大都市で仕事一途の生活を送る女性が、仕事と育児、そして自分探しに揺れる姿は世界共通のテーマであろう。

亡くなった母と対話するが……
上映後のQ&Aで監督は「中国では父子の愛を描くことが多いですが、この作品は地球上のありとあらゆる生き物の母性愛を描きました」と紹介。その理由として「私は女性監督なので、その(テーマの)方が得意で自信を持って描けますから」と説明した。
映画でも時に実母と称する女性に辛く当たっていたシュエニーが、互いの違いを越えて相手を許し、逆に良いところを認めていくというそれこそ大いなる愛に気付いていく。それが母性愛ということなのだろう。

育児と自分探しで揺れる彼女に光明は見えるのか
シュエニーと老いた女性の関係を日中関係に置き換えれば、互いに譲ろうとはしない両国の関係を解きほぐしていくのは母性愛の精神であるという風にも読むことができる。
そして彼女自身、日中の緊張が高まる中で日本人と中国人の親密な関係を描きたくてこの映画を撮ったという。
ハルビン生まれのリー監督が日本への関心を持ったのは、日本の敗戦と同時に日本人が旧満洲から引き挙げる中、逃避行を続けた悲惨な状況を日頃からよく聞いていたことや、学生時代に日本語を学ぶなど日本文化への興味をかき立てていたこともあるという。
それだけに、映画に登場する日本人はセリフの怪しい人は皆無で、日本人に育てられたという設定のシュエニーを演じたユー・ナンにも感情表現を極力抑えるよう指導している。

グランプリ受賞で喜びのスピーチをするリー・シンマン監督
中国人であるリー監督の様々な思いが詰まった作品が日本の映画祭でグランプリを受賞したことの意味は決して小さくはない。ましてや、昨秋の東京国際映画祭で出品拒否や来日中止が相次いだことを思えば、少なくとも映画界においては日中の関係改善は一歩進んだと言えるだろう。
今回の大阪アジアン映画祭では、他にも香港、韓国、日本と国籍も言葉も違う男女4人が大阪のミナミで出会い思わぬ運命に巻き込まれていくというリム・カーワイ監督の「Fly Me to Minami~恋するミナミ」が出品されている。
制作のきっかけは、監督の前作「新世界の夜明け」に惚れた加藤順彦氏が尖閣諸島や竹島の問題でシリアスな状態になっている日中、日韓の論争に違和感を覚え、市民同士の触れ合いを描いたハートウォーミングな作品を今こそ作るべきだと監督を激励し制作総指揮を買って出たことによる。
「親愛」と「Fly Me to Minami~恋するミナミ」。二つの作品に共通するのは、排除するのではなく、人とつながりたいという市民レベルの思いが作品にしっかり込められていることだろう。
つながると言えば「Fly Me to Minami~恋するミナミ」で加藤氏が制作にかかわったのも、また主演の一人である韓国のペク・ソルアが監督に出会って出演することになったのもすべて大阪アジアン映画祭という場のおかげだった。その映画祭が今後も素晴らしい役割を果たしていけるよう祈りたい。加油!大阪アジアン映画祭。【紀平重成】
【関連リンク】
「大阪アジアン映画祭」の公式サイト
http://www.oaff.jp/2013/index.html