第450回 「建築学概論」の懐かしさと切なさ

「建築学概論」で同じ人物の現在と過去を演じる二組の俳優たち(C)2012 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved (以下同じ)
このところ、アジア映画の世界では現在の時点から学生時代を振り返る作品が目立っている。いずれも何かに夢中になったり失恋したりという甘酸っぱい青春時代を懐かしむ一方、その後の人生の謎解き的な要素を売りにする作品もある。インド映画「きっと、うまくいく」や台湾映画「GF*BF」もそんなジャンルに含まれる作品と言っていいだろう。共通するのは過去と現在を往還するという構成と、いずれも恋愛映画であること。それがたとえ失恋につながるケースが多いとしても見てみたくなる。

ソヨン(スジ)は誰からも好かれそうな素直さを持つ
韓国映画「建築学概論」(イ・ヨンジュ監督)は、およそ恋愛映画らしくないタイトルながら、かつてはうまく実を結ばなかった恋愛が、再会後に互いの人生を見つめあうことで、もしかしたらという期待感を膨らませる内容だ。ただし恋愛映画だからと言って韓流ドラマでおなじみの不治の病や交通事故などは出てこない。それを期待するとがっかりするだろう。むしろ、いささかの悔恨の情と、現在の主人公たちがある選択をした自身の難しい判断への納得とでも言うような心の安堵感を感じ取るかもしれない。
建築設計事務所で働くスンミン(オム・テウン)の所に大学時代に恋心を抱いた女性ソヨン(ハン・ガイン)が現れ、「実家のある済州島に家を建ててほしい」と依頼する。ところがスンミンは女の顔も覚えていないし、家を建てる約束をしていたことも忘れている。やがてスンミンは彼女の希望に応えるべく話を聞いていくうちに、苦い初恋に終わった15年前の自分を見つめ直すことになる。

スンミン(イ・ジェフン)はソヨンに一目ぼれだ
その大学時代、スンミン(イ・ジェフン)は、「建築学概論」の授業でソヨン(スジ)を見かけ、一目見て恋に落ちる。しかし、奥手のスンミンは友人のアドバイスを受けながらもなかなか自分の思いを伝えることができない。それどころか互いに好意を抱きながら、ある誤解からソヨンと絶交してしまう。

再会したスンミン(オム・テウン=右)とソヨン(ハン・ガイン)
映画会社を10年間も回って制作を売り込んだという脚本は、韓流ドラマ風に改変を求められながらも頑固に守りぬいた自信の作品。映画の世界に入る前、10年間建築士として働いた経験が生かされ、「家を選ぶことは人生を選ぶことに等しい」という哲学が込められている。
劇中でスンミンはソヨンに「どんな家を建てたいの」と聞く。建築士が客の希望する家を建てるため、どのような人生を送って来たのか、これからどうしたいのか、普通なら聞けないようなプライバシーに踏み込んで聞くということが可能になる。そのことで次第にソヨンの過去が明らかになる。記憶はよみがえり、誤解は解け、互いに温かな感情が育まれる。ソヨンが彼に想いを伝えようとした時、スンミンに婚約者がいることが判明する。よく練り込まれた脚本が素晴らしい。

完成した済州島の家の屋上でソヨンはスンミンを見つめる
同じ人物の過去と現在を年齢の違う俳優同士が演じるダブルキャストという図式は「サニー 永遠の仲間たち」でも見られた。どちらも韓国では大ヒットを記録。今後の恋愛映画の流行パターンになるかもしれない。その美男美女二組4人の演技合戦も見所の一つである。
またポケベル、CDウォークマンといった懐かしの90年代グッズも効果をあげている。まだ携帯電話も普及せずスマートフォンもなかった時代。時の流れの速さには驚くばかりだ。古いものはどんどん捨てていかなければ新しいものを受け入れる余地はない。立て直しという名の古い建物の破壊。その喪失感に疲れ、人は過去を振り返りたくなるのだろうか。
済州島にソヨンとスンミンが建てた家は、彼女の父親がかつて住んでいた家を生かし、大きく海側に張り出した眺望の素晴らしい設計。これだけで一見の価値はある。
「建築学概論」は5月18日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開【紀平重成】
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「建築学概論」の公式サイト
http://www.kenchikumovie.com/