第453回 「3人のアンヌ」

「3人のアンヌ」の一場面。アンヌ(イザベル・ユペール)とライフガード(ユ・ジュンサン)は意気投合する
ホン・サンス監督の作品には、女を口説かないではいられない自分勝手な甘えん坊の男と、そんなどこか憎めない男たちを可愛がる魅力的な女が登場する。この基本構造にフランスの名女優イザベル・ユペールが加わるとどうなるか。俳優たちはいよいよ魅力を増し、演出はより自由に。そして遊び心一杯のパラレル・ワールドが現れる。「3人のアンヌ」はそんな作品である。
本作は昨年の東京フィルメックスで見ているが、3人のアンヌを演じ分けたイザベル・ユペールと、今春たまたま見て感動した「愛、アムール」(ミヒャエル・ハネケ監督)で老夫婦の娘役を演じている彼女とが同一人物だとはすぐに気付かなかった。

浜辺で出会うアンヌとライフガード
役柄が違うので、ある程度イメージが変わることはよくあることである。しかし同一人物と分かっても、なお雰囲気があまりにも違うことに驚く。そこまでイメージを変えられるのは一流の俳優だからこそできる芸当と言えるだろうし、また彼女の別の側面を見出し、クールで情熱的、あるいは人生に疲れた女性の姿を印象付けた監督も素晴らしい。

大学教授は周囲を気にしながらも、アンヌに会いに来るが……
ホン・サンスとイザベル・ユペール。まさに火花が飛び散るコラボレーションと言っていいだろう。
映画学校の学生ウォンジュ(チョン・ユミ)は母親と海辺の町モハンへ来ている。そこで気を紛らわすためにフランス人女性のアンヌを主人公にした映画の脚本を書き始める。彼女が自分の書いたシナリオの映画の中にさっそく登場。さあ、お得意のパラレルワールドの始まりだ。
同じ名前のフランス人アンヌ(イザベル・ユペールの一人三役)は、成功した映画監督、浮気中の人妻、離婚したばかりの女性と各パートに登場し、偶然にも同じ情熱的なライフガード(ユ・ジュンサン)に出会う。灯台の他にとくに見所のない避暑地で繰り返されるアンヌのひと夏の「恋のバカンス」。アンヌと英語が得意ではないライフガードとの少々ぎこちない恋は行きつ戻りつ……。

妻の目を盗んで映画監督の男はアンヌに近づく
アンヌとライフガードは出会うたびに「泳ぐのは寒くないですか」「大丈夫。私はライフガード。あなたを守ります」、あるいは「ライトハウス(灯台)はどこ」「分かりません」と、どこかズレた会話を繰り返す。
同じシーンの繰り返しは人生そんなものとも言えるし、人生どちらに転んでもおかしくないとも思わせる。またどちらにも転がりうるのなら、物事をあまり深刻にはとらえずに楽観的に見ようよというメッセージにも読める。
こういう考えがスクリーンに見え隠れするから、ホン・サンスの映画は人をニヤリとさせ元気にしてくれるのだろう。
また同じ場面が繰り返されることで一定のリズムができ、そこに初めてのシーンが入ると、より印象は濃くなる。たとえば3人目のアンヌがお坊さんと“禅問答”のような会話をしたり、バッグに忍ばせた焼酎を海辺で何本も飲み干すシーンは素晴らしい。

アンヌの行方を尋ねられ、ライフガードはドギマギする
監督が毎朝、その日撮影する分の脚本を初めて俳優に見せるというのは有名な話。しかし俳優に意地悪をしているわけではない。当日の朝までぎりぎり粘って、俳優のちょっとした仕草や言葉にインスピレーションを受けながら脚本を書いている。そのセリフは俳優自身の言動から生まれたものなので本人も話しやすい。当然、短い時間でも覚えやすい。
このように、監督は俳優をじっくり観察する。ライフガード役のユ・ジュンサンがロケ地に持ち込んだギターやテント、明かり用のランタンや、イザベル・ユペールが持参した色彩豊かなワンピース類はすべて映画に取り込んだ。馴染んだものは本人も使いやすい。監督の繊細な、ある意味計算づくのようで偶然を大事にする絶妙なバランス感覚。そこに観客は酔いしれる。
こんなにも細部にこだわりながら監督は無理はしない。それはキャスティングでも見受けられる。「浜辺の女」で主役確実と言われながら“落選”したユ・ジュンサン。その彼に次は小さな役を与え、そして気心が知れて面白いと思えば一気に主役に抜擢する。大胆さと緻密さを併せ持つ。それが一流の監督と言われるゆえんだ。
08年の「アバンチュールはパリで」で以来7作連続でカンヌ、ベネチア、ベルリンの世界3大映画祭に出品を果たした。こんな記録はホン・サンス監督だから可能だったと言える。
「3人のアンヌ」は6月15日よりシネマート新宿ほか全国順次公開【紀平重成】