第456回 「イノセント・ガーデン」
「パク・チャヌク監督は目が大きく力のある女性がお気に入りのようだ」と本コラム280回(2010年2月5日)で紹介したことがある。今作のヒロイン、インディアを圧倒的な存在感で演じたミア・ワシコウスカを見て、あらためてこの説の正しさを確認する思いだった。
そのコラムで取り上げた「渇き」は、バンパイアを題材に、倫理と本能の間を揺れ動く男女の苦悩と快楽を描いた作品。夫と義理の母から抑圧された人妻(キム・オクビル)を見て神父(ソン・ガンホ)は官能のうずきを覚え、一方人妻も神父に強く引かれる。薄幸の人妻から欲望を奔出させる女神に大胆に変身していく姿をにおい立つように演じたキム・オクビルが魅力的だった。そして彼女は目が大きい!
パク・チャヌク監督の初ハリウッド作品となる今作では、広大な屋敷で暮らす少女インディアの誕生日に父親が交通事故死。入れ替わるように、葬儀の日に長く音信不通だった叔父が現れ、母娘と一緒に暮らし始める。それを機に、屋敷内で次々と不気味な出来事が起き始めるというサスペンス・スリラーだ。
母親役を演じたオスカー女優のニコール・キッドマンを相手に、ミア・ワシコウスカは大好きだった父とは対照的に折り合いの悪い母と何かと反目しあう多感な少女役。しかも少女から大人の女へ変わる難しい時期に、内側からの声に導かれるように別の顔を見せていくヒロインを抑制のとれた演技で見事に表現している。
監督は「渇き」で奔放に、そして今作ではどちらかと言えば内省的にヒロインの変化を描いていると言えようか。あるいは、今回監督は“抑制の美学”を貫いたと言えるかもしれない。
その象徴が毎年の誕生日に送り届けられてきた計17足のサドル・シューズだ。ベッドに年齢順に並べられたシューズ入りの箱に囲まれて眠るインディアの姿は、胎児のように無垢な存在。それは花開く前の乙女を象徴しているかのよう。そして18歳を迎えた今年の贈り物はクロコダイルのハイヒール。それを叔父(マシュー・グード)がひざまずいてインディアに履かせるシーンは、妖しいまでに美しい。
美しいと言えば、少女と叔父がピアノの前で連弾する様は、つがいになろうとする蝶の戯れのように官能的だ。
叔父と少女の禁断の愛の陰に隠れて、叔父と兄嫁である母親との関係は燃え盛るようで、炎の勢いは強まらない。義理の弟と娘の関係に気付いた母親の困惑と嫉妬という複雑な心理を一歩下がって見せるニコール・キッドマンの演技も控えめで素晴らしい。
そして二人の女の間を行き来する叔父を紳士的に振舞いながら、次第にエキセントリックな面を見せ始めるマシュー・グードの演技も印象深い。
やはり今作で監督は“抑制の美学”に徹したと言わざるを得ないだろう。だからこそ「渇き」とは違う美しさに観客は目を奪われるのである。
早々に作品を見た友人がこう言った。「ヒロインの女優がどうしてもぺ・ドゥナに似て見えるんだけど」と。その感じ方は人によって違うのは当然だが、監督がパク・チャヌクだと、あるいはぺ・ドゥナとミア・ワシコウスカの間に似た要素を見つけキャスティングしたという可能性も無視できない。確かにパク・チャヌク監督は「復讐3部作」の「復讐者に 憐れみを」でぺ・ドゥナを使っている。そんな本筋とは関係のないことを考えるのも楽しい。これも監督の目に見えないサービスと思っておこう。
さて、3年前のコラムのラストは次の通りである。
「監督の作品には必ず美人か将来性ある大型新人が起用されるという特徴がある。『JSA』と『親切なクムジャさん』はテレビドラマ『宮廷女官 チャングムの誓い』のイ・ヨンエ、『復讐者に憐れみを』は『空気人形』のペ・ドゥナ、『オールド・ボーイ』はカン・ヘジョン、『サイボークでも大丈夫』はイム・スジョン。こう並べていくと、どうやら監督は目が大きく力のある女性がお気に入りのようだ」
そして、こう続けている。「出演した女優はその後、別の大作や有名監督に起用されるなど大きく羽ばたいている。パク・チャヌク監督の卓越した眼力と言うべきだろう」
「アリス・イン・ワンダーランド」にも出演してすでに新人とは言えないが、ミア・ワシコウスカのさらなる活躍を期待したい。
「イノセント・ガーデン」は5月31日よりTOHOシネマズシャンテほか全国順次公開中【紀平重成】
【関連リンク】
「イノセント・ガーデン」の公式サイト
http://www.foxmovies.jp/innocent-garden/