第463回 「呉さんの包丁~戦場からの贈り物」

包丁の仕上がり具合をチェックする呉増棟さん(クリエイティブ21提供=以下同じ)
物の価値が時を経て大きく変わることは多々あるが、こんなにも評価が激変した例は珍しい。
毛沢東率いる共産党と蒋介石が掌握する国民党によるいわゆる国共内戦の最前線にあった台湾の金門島。中国大陸ののど元に突き付けられた匕首(あいくち)の様な位置にある同島をめぐり、激しい攻防戦が繰り広げられたのは1949年から58年にかけてである。中でも58年8月23日から約1カ月にわたる大陸側からの砲撃は48万発に及び、島民や兵士らに多数の死傷者が出たと言われる。
林雅行監督のこのドキュメンタリー映画は、92年まで40年以上にわたり軍事管制が敷かれた島の歴史を振り返りつつ、砲弾を使って包丁作りを始めた鍛冶職人親子の姿を通じ、今では高速船で大陸から訪れる観光客が包丁を買い求めていくなど、かつての砲弾が平和のシンボルに生まれ変わったことを描くユニークな内容だ。
映画の主人公は、砲弾をわずか20分で包丁に変えてしまう“手品師”のような呉増棟さん(56)。その工程は、まず砲弾の表面にガスバーナーの炎を当て、切もち大の大きさに焼き切る。それを炉の中で熱し、赤いうちに電動の槌でたたいて延ばし刀らしい大きさにする。その一端を再びバーナーで途中まで焼き切り、小指大のそれを熱しながら90度外側に折り曲げると包丁の柄の芯になる。包丁の表面を削りやたたきで整え、木の柄をかぶせて完成だ。その鮮やかな手さばきには感心する。

真っ赤になった鋼を電動の槌でたたいて延ばす
呉さんは鍛冶職人の3代目にあたる。祖父は対岸のアモイで農具や漁具を作って売る鍛冶屋を営み、2代目が金門島にわたり、その後、島を埋めんばかりの砲弾の再利用を思いついた。60年代半ばから本格的に生産を始めたが、跡を継ぐはずの長男が亡くなり、三男の呉増棟さんに家業は引き継がれた。
当初は実弾の破片を材料にしていたが、すでに使い尽くされており、現在は58年の砲戦以降に砲撃して来たビラまき用の宣伝弾を使用している。

刃先を入念に確認する
呉さんの包丁「金合利鋼刀」が知られ始めると、最多時に10万人を超えた兵士が砲弾を拾って店に持ち込み、自分の名前と日付を入れた包丁を注文した。02年にアモイ~金門島を結ぶ高速船が就航すると、今度はお店を兼ねた工場を見学する大陸からの観光客が増え始めた。
呉さんと観光客とのやり取りは、かつて命を懸けて戦った者同士とは思えないほどに話が弾む。
「他の材料は加えたりはしないの」(観光客)、「しませんよ。この砲弾は合金だから 、私はただ鋳造するだけです」(呉さん)、「どのくらい使えますか」(観光客)、「20~30年は使えます」(呉さん)、「(量産できないのなら)呉さんを大陸に連れて行こうか(笑)」(観光客)、「うちの製品は品質第一。製品に価値があるのは、一つは砲弾の鋼という特殊性。二つ目は両岸の人たちにとって今は平和なんだと感じることができる特別な意味があります」(呉さん)、「材料の砲弾は我々(中国)が“送ったもの”だから安くして(笑) 」(観光客)、「材料代はサービス。包丁の値段は人件費だけだよ」(呉さん)。
命の危険と引き換えての材料代なのだから、そのコストは上乗せしてもいいと個人的には思う。

今やモニュメントになったタンクだが、砲身は大陸に向けられている
地元の小学生も見学に来る。「今でも砲弾はありますか」という質問に、「はい、拾ったら私に売ってください」。砲弾一つで包丁が何個作れるかという基本的な質問にも、表の部分で40丁、座の部分で10丁、砲弾の中の鋼片で12丁の計62丁と丁寧に答える。そんな呉さんに、子供たちは「カッコいい」と声をあげる。

美しい景観はかつてここが戦場だったことを一瞬忘れさせる
映画は戦前満洲に売りこむためのケシの栽培を島民が日本軍に強制されたことや、金門島防衛のために大陸から逃れてきた国民党の兵士だけでなく台湾の本省人も動員されたこと、台湾の戒厳令が87年に解除された後も、金門島ではさらに5年継続されたこと、島の戸籍があれば成人は誰でも特産のコーリャン酒を年に12本支給される特典があることなど、知れざる歴史にも触れている。
「昔、金門島は戦地でした。毎日砲弾の音がやまず、当時は大陸のことを恨んでいました。みなさんが包丁を使う時、両岸の平和、世界の平和を祈って、戦争のない世界になってほしいと思います。この包丁で料理を作ってすべての人が幸せになれたら最高でしょう。料理を作れば笑顔になる。笑顔になれば会話がはずみます」。呉さんの思いである。
「呉さんの包丁~戦場からの贈り物」は8月24日よりユーロスペースほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「呉さんの包丁~戦場からの贈り物」の公式サイト
http://cr21.web.fc2.com/hocho/hocho.html