第466回 「あの頃、君を追いかけた」の九把刀(ギデンズ)監督に聞く
ギデンズ監督にインタビューしたのは一昨年の東京国際映画祭で来日した時に続いて2度目、また作品を紹介するのは本コラムの第370回、462回と合わせ今回が3度目だ。ご覧の通りどこにでもいそうな若者である。当然ながら映画制作にかけるこだわりも細部にまで行きわたる。それが台湾と香港の若者に圧倒的に支持され、記録的なヒットにつながった。そのこだわりの実相に迫った。
監督は2年前の会見で、「大ヒットだね」と言われるよりも、「心を込めて丁寧に撮っているね」と言われた方がうれしいと、独特の表現で作品への愛情を語っている。ではどの部分が「心を込めて丁寧に撮っている」なのか。
「多くの台湾映画が大陸で配給されることを前提に、様々な調整をしながら映画づくりをしています。これはやむを得ないことだと思うんですね。でも自分は新人だったので大陸での配給を全く考慮せず自由に撮りました。例えば最初に教室で、男の子が女の先生を妄想しながらあれをするところがありますよね。大陸版ではカットされてしまったんです。これはカットされるだろうというところも、そういうことを意識せずに撮影できた。それが自分の心を曲げずに撮れているということですね」
ほかにもかなりカットされているという。「例えば主人公がキスをする場面は9秒間ありますが、あそこは男同士のキスということでカットされてしまいました。大陸版にはとても不満を持っているので映画の宣伝には行きませんでした」
その気持ち、よく分かります。
そんな監督も次のカットには不満は残るものの、大陸当局の考え方としては仕方のないことと受け止めているようだ。
「国旗掲揚の場面ですね。台湾の青天白日旗をあげているところ。中華民国を認めていないわけですから、その旗をあげることは許されないということですね。それからアダ名が勃起っていう子がいますよね。その勃起の部分もカットされています」
監督ならずとも、映画の魅力が色あせていくのを感じざるを得ない。
次にキャスティングの質問。監督自身がモデルで、大学卒業後に小説家になったというコートン役のクー・チェンドンや、いたずら仲間のアイドルだったシェン・チアイーを演じたミシェル・チェンの二人は、映画が公開されると出演依頼が相次ぎ、売れっ子に。才能を見抜く先見の明があったと自信を持たれましたか?
「そうでもないです(笑)。ミシェル・チェンは前から俳優をやっているし……」
いえ、他の作品の彼女より、こちらの方が魅力的です!
「大好きなんですよね。ミシェル・チェンと一緒にいたいがために、その時間を作るために、この主役に抜擢したと言ってもいいと思います」
自分の考えを素直に言うタイプのようだ。そうすると近く彼女を使う予定はあるのでしょうか?
「すごく変な奇妙な映画が一つ企画としてありまして、これが実現したらミシェル・チェンをその中で重要な役に抜擢する予定です。一緒にまた映画を作る予定なんですけれども」
うう、楽しみ。あれだけヒットしたのだから出資もうまくいくのではないでしょうか?
「確かに出資してくれる人は容易に見つかると思います。でも以前、撮ったときはまだ新人監督ですから、成功するかどうかわからないので、好きにやらせてくれました。今度は出資者が多くなればなるほど、いろいろなところから意見を言われるわけですね。それは映画を撮るということにとって健康的な状況なのかどうかという疑問があります」
ヒットに浮かれることなく、冷静に状況分析をしているところがいい。それでは、今だから話せる2人の撮影秘話というのがありましたら……。
「自分の体験ですが、昔好きだった彼女には、ついに最後まで『僕と付き合って』とはっきり言えなかったんです。そこでこの撮影のほぼラストあたり、二人が橋のところで天燈を空に上げるシーンを撮影するときに、自分の本当の青春時代にはできなかった告白をシェン・チアイーにするというセッティングを考えました。そしてシェン・チアイーが自分(監督)を抱きしめるっていうように。でも、いざその時が来ると、橋のところでミシェル・チェンは待ってるんだけれども、自分はとてもそこに行く勇気がなかった。だから自分の昔の思いというのはついに実現できないままでした」
それは演技指導ということですよね?
「シェン・チアイー(ミシェル・チェン)には言ってありました。でもその橋のところに自分は行けなかったわけです」
この映像をどこで使うつもりだったのかは聞きそびれたが、監督が行かなかったのだから、今となっては実に惜しまれる幻の映像である。おそらくはエンディングのサービスカット……だったのかもしれない。
監督は日本のマンガやAV女優を作品の中に登場させるなど、サブカルチャーへの造詣が深い。ようやく日本公開が決まったことと、日本でどういう風に受け入れられるか、期待するところがありましたら話し下さい。
「僕自身は日本のマンガを見て育ったと言ってもいいと思います。僕の日本への理解はマンガを通してというわけです。演劇とかテレビとか映画よりもずっとマンガのほうが日本の理解に深く根を下ろしていると思います。特に『ドラゴンボール』が小さい時から好きで、とても影響を受けました。今回この作品が日本で公開されることは、自分にとってはとても光栄なことです。また、自信もあります。文化は国境を超えられると信じていますし、愛というものはどんな場所でも、どんな人でも受け入れられる共通の感情だと思っています」
漫画「はじめの一歩」のキャラクターを前回来日した際に(秋葉原まで行って)買われたと聞いていますが、今回はなにか買われましたか?
「今夜、また見に行こうかなと思っています」(笑)
「あの頃、君を追いかけた」は9月14日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「あの頃、君を追いかけた」の公式サイト
http://www.u-picc.com/anokoro/