第469回 「もがく中年男、ファン・ジョンミン」

「ダンシング・クィーン」の一場面。弁護士の夫(ファン・ジョンミン)はソウル市長候補になり、妻(オム・ジョンファ)は歌手としてデビューすることを打ち明けられない (c)2012 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED
イケメンだが、少し憂いを帯びた中年男を演じさせたらピカイチなのが韓国のファン・ジョンミンだ。経験も積み、まさに脂の乗ったこれからという時期に、体は若い時の様に無理が効かず、上からは抑えられ下からの突き上げも激しい板ばさみ世代。近く東京と大阪で始まる「K-Movie フェスティバル」で12本中最多の3本に出演しているファン・ジョンミンは、そんな夢と悲哀の波間で“もがく”中年男を好演している。

「フィスト・オブ・レジェンド」の一場面。食堂の運営資金を稼ぐためテレビ中継のファイトショーに出場する伝説のファイター(ファン・ジョンミン=右) (c)2013 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED
韓国で観客動員400万人の大ヒットを記録した「ダンシング・クィーン」(イ・ソックン監督)は、ファン・ジョンミンとオム・ジョンファの演技派同士の掛け合いが見所の話題作。中年になっても歌手になりたい妻(オム・ジョンファ)と、ソウル市長を目指す夫(ファン・ジョンミン)の夢を諦めない夫婦が巻き起こすドタバタ調の感動物語だ。
妻の口ぐせは「したいことをやらないと!」。そのためにまずは若さの追求。夫婦共に髪を整え、服を新調し、体を鍛えてと涙ぐましい。
おそらく韓国は日本以上に若さに価値を置くお国柄なのだろう。若さを売りにした自分が、いつか後から続く世代に追い抜かれるかもしれない。だから今を楽しんでいるのだと言わんばかりに若さにこだわる中年男と女だが、二人の夢は結実するだろうか。

「フィスト・オブ・レジェンド」の一場面。食堂の運営資金を稼ぐためテレビ中継のファイトショーに出場する伝説のファイター(ファン・ジョンミン=右) (c)2013 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED
夢を追求する点ではカン・ウソク監督の「フィスト・オブ・レジェンド」も同じだ。高校時代に名を馳せた伝説のファイターたちが、中年になった今、それぞれの思いをかけテレビ中継のファイトショーに挑戦する。
元々は冴えない食堂の店主ながら、勝ち抜き戦で次々と強敵を倒し賞金額をアップさせていく男を、ファン・ジョンミンが見事に鍛え上げた体で演じて行く。最初は相手の蹴りにいちいち痛がっていたのに、映画の後半では本物のファイターらしく身構え、荒業を繰り出すまでに変身していく。

「生き残るための3つの取引」の一場面。チョルギ刑事(ファン・ジョンミン=右)はチュ検事(リュ・スンボム)と取引をするが…… (c)2010 CJ Entertainment Inc. All Rights Reserved
その相手役で、今はある企業のもめごと処理を担当する男をホン・サンス監督作品の常連ユ・ジュンサンが熱演している。この二人、実は高校時代に訳ありで仲たがいし、今は全く音信不通という役柄。かつて何があったのか。ここで映画は最近のアジア映画でおなじみの「過去を振り返る」という展開となる。この構図に当てはまる作品は、韓国映画で言えば「サニー 永遠の仲間たち」や「建築学概論」がある。「フィスト・オブ・レジェンド」は男性版「サニー 永遠の仲間たち」と言えなくもない。
映画の結末には、ほろ苦さと同時に、もがき苦しむ年代に、ある回答らしきものが用意されている。夢を見続けるのか、それとも……。それをどうとらえるかは人それぞれであろう。

「殺人漫画」の一場面。漫画家のジユン(シヨン)の周りに不可解なことが起き始める (c)2013 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved
ファン・ジョンミンは出ていないが、キム・イクロ監督の「ミリオネア・オン・ザ・ラン」も自由に生きるという夢を追い求める男の物語だ。
取引先に500万ドルを届けるよう上司から指示されたエリート社員のヨンイン(パク・ジニョン)は、現金の輸送中、正体不明の男たちに襲撃される。実は上司がヨンインを殺害し現金を奪おうとしていたのだ。気付いたヨンインは現金入りのバッグを奪って逃走し、チンピラに追われる不良少女ミリ(ミン・ヒョリン)と一緒に釜山に向かう。
映画の中では、「正しく生きられずとも、自由に生きよう」とヨンインに言い残して自殺した同僚の話が出て来る。コメディ風味のロードムービーという体裁をとっているが、管理が強まっている社会への警告と受け取れなくもない。娯楽映画といえども、社会風刺を背景に描くことが多い韓国映画だけに、つい、そんなことも考えてみる。
「K-Movie フェスティバル」は10月12日よりシネマート新宿、六本木、心斎橋で開催。またスペシャルプログラムの「殺人漫画」は10月19日よりシネマート新宿、心斎橋にて全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「K-Movie フェスティバル」の公式サイト
http://k-moviefes.jp/