第477回 フィルメックス

「罪の手ざわり」の一場面。左はチアン・ウー
今年の東京フィルメックスはちょっと様子が違う。林加奈子ディレクターが「映画人生をかけて厳選しました。今年は、ことさらに、特別に素晴らしい作品がそろいました。本当です」と観客に向かって高らかに開会を宣言。さらに「ただならぬフィルメックス。観ていただければ分かります」と観客を“挑発”し、例年にも増してさらに攻めに徹するあいさつとなった。
その思いを込めたオープニング作品はフィルメックスの常連で、このところドキュメンタリータッチの作品が続くジャ・ジャンクー監督が7年ぶりに長編劇映画に戻り、最近中国で実際に起きた4つの事件にインスピレーションを得て紡ぎあげた作品。常に社会と向き合う作品を撮ってきた監督が、変貌著しい中国社会にあって、その発展に乗り切れず、国や周囲から疎外されていると感じる人たちを圧倒的な存在感で描いた。
舞台となる場所は山西省の山奥や重慶、広東省などバラバラだが、登場人物たちはどこかですれ違い、あるいは社会に不満を持ちながらも懸命に暮らしていることでは共通している。
村長や炭鉱の経営者が私腹を肥やしていると不満を持つ男(チアン・ウー)は村中で小馬鹿にされてついに立ち上がる。その彼と山西省の山奥ですれ違った別のオートバイの男(ワン・バオチャン)は家族には「出稼ぎ」と偽り各地で犯罪を重ねる。二人の男が唯一信じられるものは銃だ。一方、サウナの受付係の女(チャオ・タオ)は顧客からいわれのない侮辱を受ける。札束で顔を殴り続ける男(ワン・ホンウェイ)にブチ切れた彼女がとった行動は……。そして広東省の単調な工場労働に馴染めない若い男(ルオ・ランシャン)は少しでも稼ぎの多い働き場所をと歓楽街で働き始め、同じ省出身、同い年のダンサーと恋仲になる。しかしささやかな幸せさえつかむことができずに追い詰められていく。
高度経済成長著しい中国のもう一つの姿である成長の恩恵に預かれない多くの人たちがいる。格差の拡大、共産党幹部の腐敗、その矛盾が社会に大きな緊張を与えている。そこに浮かび上がるのが、マグマのように溜まった怨念を一気にはき出す暴力である。もちろん暴力という手段は簡単に肯定できるものではないが、圧力を感じて時には暴力を振るわざるを得ない人々の思いがあるということを我々に語りかける。
その重いテーマを4つの章立てで関連付けながら一つの作品にまとめ上げた見事な構成と、美しく力強い映像の数々は作家性と商業性をより近づけたジャ・ジャンクー監督の最高傑作と言っていいだろう。
開会式で映されたビデオメッセージで監督は「激しく変化する状況のなか、個人は大きな生存の危機に直面しています。問題を解決する方法が見つからないと、暴力を用いて様々な圧力に対抗しなければなりません。私はこの映画が、私たちが暴力の問題と向き合うきっかけとなることを期待します」と作品に込めた思いを語った。
暴力の問題は程度の違いはあっても世界共通の課題で、日本にも当てはまる部分が多い。震災や原発、特定秘密保護法案などこの数年を見るだけでもストレスを感じることが増えていることがわかる。どこかで早く手を打たないと、負のエネルギーは溜まるばかりだ。監督が言うように現代社会において暴力は誰にとっても無縁の存在ではないということだろう。
映画的な面白さが際立つ今作品だが、監督の遊び心は一段と高まっているように思う。女遊びの好きないやらしい男役で自ら登場したり、尊敬するキン・フーへのオマージュとして監督作品の“ミューズ”的存在であるチャオ・タオに京劇風の大見得を切らせるところなど必見の場面が随所に光る。来年の日本公開が待たれる。【紀平重成】
【関連リンク】
「第14回東京フィルメックス」の公式サイト
http://filmex.net/2013/