第486回 「スノーピアサー」

「スノーピアサー」の一場面。カーティス(クリス・エヴァンス=右)は透視能力のあるヨナ(コ・アソン)を守ろうとする (C)2013 SNOWPIERCER LTD.CO. ALL RIGHTS RESERVED =以下同じ
これまで見た数々の映画は何だったのかと思うほどに、視覚的にもドラマ的にも想像のレベルをはるかに超えた作品をポン・ジュノ監督は我々の目の前に差し出してくれた。その衝撃度は筆者が少年時代に手塚治虫の漫画「来るべき世界」を読んだ時と重なるかもしれない。地上の生物がすべて死に絶えると覚悟していた時、奇跡が起きたあの物語と同じような。
原作はフランスのコミック「LE TRANSPERCENEIGE」。それを読んで感動したポン・ジュノ監督はイメージを膨らませ、さらに人間ドラマとして深く掘り下げた。

とうとう反乱が始まった
2014年7月1日の地球。そう、これは現在から5カ月後の世界を舞台に始まる近未来SF娯楽大作だ。
深刻な地球温暖化を防ごうと人工冷却物質が散布されたが、コントロールに失敗し地球は新たな氷河期に突入した。自然の思わぬ牙に飲み込まれ人工物である原発さえ維持管理できていないことを知っている我々の目からすると、自然を前にした人間のあまりの不遜さが痛いほどに感じられる出足である。
凍りついた地球で生き延びたのは、なぜか永久不滅のエンジンを備える「スノーピアサー」と呼ばれる長さ650メートルにも及ぶ列車の乗客、いや住人と呼んだ方がふさわしい人びとだけだ。線路を覆う雪や氷を跳ね飛ばしながら、地球を1年かけて1周する“走る箱舟”だ。

とらえられたメイソン(ティルダ・スウィントン=左から2人目)は協力を申し出るが……
それから17年後の2031年。乗客は乗った時のチケットの等級で区分けされ、最後尾の車両では無賃乗車の人々が支配される者として過酷な暮らしを送っていた。そんな一人のカーティス(クリス・エヴァンス)は密かに反乱を起こす機会をうかがっていた。
ある日最後尾の車両にやってきた総理と称するメイソン(ティルダ・スウィントン)の一行が有無を言わさず2人の子供を連れて行く。我が子を守ろうとメイソンに靴を投げつけた父親のアンドリュー(ユエン・ブレムナー)は見せしめとして極寒の外気に右腕をさらされ、直後にハンマーで打ち砕かれる。怒りが渦巻く車内に革命への機運が一気に高まる。
ここからカーティスらは数々の障害を乗り越え謎に包まれた先頭車両に進もうとするのだが、人が横に並んでもせいぜい数人という車両を縦にひたすら進む映像の迫力、しかもそれを撮影し尽くした監督以下のスタッフの工夫と熱意には瞠目せざるを得ない。

最後尾車両の住人から精神的支柱としてあがめられているギリアム(ジョン・ハート=後方)が立ち上がる
エド・ハリス、ジョン・ハート、オクタヴィア・スペンサー、そして韓国からはソン・ガンホと名前を挙げるだけでもわくわくする大物俳優たちが口々に「監督は頭の中で、すでに映像が出来上がっている」「また彼と仕事がしたい」「この映画は人生についての、そして生き延びることをめぐる映画です」と称賛するほど作り手たちのエネルギーが渦をなし、まるで列車同様カーティスたちが前進したように、映画のスタッフ、キャストも突き進んだかのようなイメージが浮かぶ。ポン・ジュノ監督、作品作りの過程も素晴らしい。

まるで温室のような部屋まである豪華列車だが
考えてみると、ポン・ジュノ監督の作品は一度として同じような題材はないにもかかわらず、ある共通点がある。それは見えないものの正体を突き止めようとする衝動を常に描いているということ。「殺人の追憶」は連続殺人鬼を、「グエムル-漢江の怪物-」はまさにその怪物を、「母なる証明」では“真犯人”を、そして今作では先頭車両にいるはずのウィルフォードと呼ばれる男の本当の姿を。つくづく監督は“前進”が好きなんだなと感心する。
さて鉄道オタクにはたまらない豪華列車の数々が映画の中で披露されていく。こんな車両なら一度は乗ってみたいというものばかりである。採算が取れるのかどうか、それは分からないが、世界1周の“走る箱舟号”という夢をどなたか実現してください。切符買います。そんな「来るべき世界」の奇跡なら大歓迎だが。
「スノーピアサー」は2月7日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開【紀平重成】
【関連リンク】
「スノーピアサー」の公式サイト
http://www.snowpiercer.jp/index01.html
*「来るべき世界」:地球最後の日をテーマにした手塚治虫のSF長編マンガ(1951年作)。核実験の影響で新人類のフウムーンが誕生。その危険を警告する研究者もいたが誰も耳をかさず、とうとう核戦争が勃発する。そこへ恐ろしい暗黒ガス雲が地球に迫り、フウムーンは、数多くの動物と500人の大人しい人間だけを円盤(宇宙船)に乗せて地球から去る。暗黒ガス雲はいよいよ地球に接近し、とうとう地球最後の日が来る。