第493回 「マダム・イン・ニューヨーク」

「マダム・イン・ニューヨーク」の一場面。専業主婦のシャシ(シュリデヴィ)はニューヨーク在住の姪の結婚式で一世一代の名スピーチをすることになる (C) Eros International Ltd.
女性が自立して行く姿を描いた映画と言えば、これまでもハリウッドをはじめ数多くの国や地域で作られてきた。だが本作は何と言ってもインド映画である。となれば、オシャレで身につまされ、泣いて笑って、やっぱり踊ってという極上の娯楽作品に仕上がった。しかも、これが若い女性の手による長編初監督作品。恐るべしボリウッドと言うべきだろう。

一足早く渡米したシャシは町のファストフード店で英語が分からないために全人格を否定されたように打ちのめされる(C) Eros International Ltd.
主演はインド映画ファンならもうご存知、70、80、90年代の顔であるシュリデヴィで、15年ぶりのスクリーン復帰も話題なら、かつて相手役を務めたこともある名優アミターブ・バッチャンと一瞬ではあるが“黄金コンビ”を復活させているところなども、そのコミカルな場面と相まって、やっぱりインド映画って楽しいという気持ちにさせてくれるのである。

通い始めた英会話学校では同じ境遇の仲間から励まされる(C) Eros International Ltd.
さて、専業主婦のシャシ(シュリデヴィ)は、愛する2人の子どもと忙しい夫(アディル・フセイン)のために尽くしているのに、それはたいして評価されないどころか、自分だけ英語ができないことを逆にからかわれ、自尊心を傷つけられていた。そんな時、ニューヨークに住む姉から娘の結婚式の手伝いを頼まれ、一足早く渡米したシャシは、「4週間で英語が話せる」という英会話学校の広告を見かけ、通うことを決意する。学校のことは姉にも内緒。やがて仲間と英語を学ぶうち、彼女は少しずつ自信を取り戻していくのだが……。
たった4週間で本当に英語を話せるのと疑問を差し挟んではいけない。第一にこれは映画だし、本人の眠っている能力や先生の教え方のうまさ、あるいは共に学ぶ仲間に恵まれる等々好条件がいくつも重なれば本当に上達してしまう人がいるかもしれない。それにこの作品の見所は女性の自立を説得力をもってどう感動的に描くかという点にある。この作品の脚本も書いた新鋭のガウリ・シンデー監督は自分の母親をモデルにしながら、夫や子供の何気ない言葉に傷つき自信を失っていく女性の心理を実に巧みに描いているのである。

いい仲間にも巡り会えた。英語を学ぶまではニューヨークを去らないという決意表明を仲間とゲームで楽しむ(C) Eros International Ltd.
逆に自信を取り戻していく場面では語学学校の勉強仲間から恋心を打ち明けられても「恋はいらない。自尊心を尊重してほしいの」と心情を吐露する場面はリアルである。
インドにおける専業主婦事情に筆者は不案内だが、この作品が大ヒットしたことを見ると、共感する女性が多かったと推察される。尊敬を受けたい、自分を取り戻したいと思っても、なお変わらない社会が存在するのだろう。しかも主婦の受ける疎外感、差別感は格差が広がりつつある現代社会において実は今日的なテーマでもある。だからこそ差別を受けるすべての人に共感を持って受けとめられたと言えるかもしれない。

自分を取り戻したシャシの目に映るニューヨークは……(C) Eros International Ltd.
主演のシュリデヴィはこの脚本を読んで即出演を決めたと言われる。結婚して家庭に入り家に居ることが多くなった彼女の心にも、あるいは火をつけた作品と言えるかもしれない。
インド映画なので、やはり歌と踊りに触れなければいけない。途中までまったく踊りのシーンがなく、かつてはダンスでも観客を魅了したと言われるシュリデヴィは15年のブランクで今回はだめかと思っていると、意外なところで一度、さらにラストでも堪能することができる。お楽しみに。
ダンスと並んで映画の大事な要素である音楽もヒロインの揺れる心情に寄り添うように彼女の心をしっとりと歌い上げる。しかし感動のラストは歌でもダンスでもなく、シャシのスピーチだ。きっと多くの観客の元気を引き出すはずだ。
この映画のメリットは見る人によってもう一つあるかもしれない。筆者の場合は、何度も挫折した語学学習にもう一度チャレンジしたくなったことだ。英語? いや中国語? ウーン 、いっそ両方とも!
「マダム・イン・ニューヨーク」は6月、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開【紀平重成】
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「マダム・イン・ニューヨーク」の公式サイト
http://madame.ayapro.ne.jp