第502回 「ジプシー・フラメンコ」
スペインはバルセロナのさらに奥まったソモロストロと呼ばれる地区にジプシー・コミュニティがある。母から娘へ、父から息子へと血縁を頼りに伝わっていくディープなフラメンコを守る人々が住む。この作品は伝統文化がどのように受け継がれて行くかを2人の男女に肉薄して描き、また世界を魅了する本場フラメンコの背筋がゾクゾクするような美しさと迫力、情念を余すところなく伝えている。
導入部分からグイグイと引き込まれた。「バルセロナ物語」を夢中になって見つめる5歳の少年フアニートの顔が大写しになる。伝説のフラメンコ・ダンサーのカルメン・アマジャがステップを踏むたびに「オーレ!」と叫び、「マシンガンのようだ」と周囲の大人たちに告げる。彼がどれほどフラメンコにのめり込んでいるかは一目瞭然だ。
まるで少年トトが映画への限りない愛を育むシチリアの映画館を描写した「ニュー・シネマ・パラダイス」の導入部分を見ているかのようだ。大きな目を輝かす少年の眼差しに誘われるように、我々は豊饒なるフラメンコの世界に入っていく。
メキシコ出身でバルセロナに住むカリメ・アマジャはフラメンコを芸術の域にまで高めたカルメン・アマジャの姪で舞踊家のメルセデス・アマジャ・ラ・ウィニーの娘に当たる。彼女はバルセロナのミュージシャンたちから声を掛けられ、ジプシー(ロマ)のフラメンコとバルセロナのルンバの伝統を溶けあわせたような舞台を作ることで意気投合する。メキシコ在住の母親も誘われた。
練習でカリメの踊りを見たミュージシャンたちは「想像以上だ」と驚きを隠さない。カリメが言う。「今でもメキシコのスタジオに戻ると特別な力を感じる」「カルメン・アマジャの魂と愛したものは受け継がれていく」「全身全霊を捧げて踊れば、彼女の魂も共にある」
スペイン市民戦争で母国を去ったカルメン・アマジャはラテンアメリカをはじめ世界各国で名声を高めていったが、彼女の名前を刻んだ噴水がバルセロナの海岸通りに設置されるなど母国も不世出のフラメンコ・ダンサーに敬意を忘れない。そのゆかりの地を母娘が訪れる。
フアニートはミュージシャンの叔父ココに連れられてさまざまなところへ顔を出す。カフェでは叔父さんのギターに合わせ無心にフラメンコを踊る。得意げな表情を浮かべる時もある。何の気兼ねもなく好きなことに打ち込んでいる彼が、プロの集まる楽屋では緊張した表情で座っている。彼らのたたずまいから本物の気配を感じているのだろうか。しかし、いざ練習が始まると踊り手の足さばきやギタリストの手の動きに目を凝らす。本番の舞台では最前列の特等席に座りダンサーの動きにうっとりし、しびれたような表情すら浮かべるのだ。
ミュージシャンの叔父の存在も大きいが、彼の住むコミュニティーが子供を輝かせ、人々から愛されていると感じさせ、さらに伝統を受け継がせるのにふさわしい機能を備えていることに気付かされる。ここには孤立しがちな現代人という“課題”は見当たらないようだ。
母娘が共演する舞台はフラメンコのファンでなくとも必見だ。カリメの衣装は大叔母に敬意を表してカルメン・アマジャ張りのパンツスーツ。そしてフアニートは真新しいフラメンコ用のシューズを手にし満面笑みを浮かべる。
「ジプシー・フラメンコ」は8月9日よりユーロスペースほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「ジプシー・フラメンコ」の公式サイト
http://gypsy-flamenco.com/