第508回 「ツァイ・ミンリャン監督とリー・カンションに聞く

ツァイ・ミンリャン監督(左)とリー・カンション(2014年6月17日、東京・渋谷で筆者撮影)
多くの傑作を世に送り出してきた巨匠ツァイ・ミンリャン監督が“引退宣言”。その胸の内と、最後の作品になるかもしれない「郊遊<ピクニック>」の魅力について、監督自身と彼の作品の顔でもあるリー・カンションの二人に聞いた。
こんにちは。監督とリー・カンションさんにインタビューするのは2度目です。
ツァイ・ミンリャン監督 「覚えていますよ」

人間看板が立つ台北市内(手前左側がリー・カンション演じる父親)(C)2013 Homegreen Films & JBA Production
2年前に台北の中山堂にある監督プロデュースの喫茶店「蔡明亮珈琲走廊」に行った際も、後から来られた監督と目が合い、ニコっとされたのがうれしかったです。さて、本作で広告の看板を掲げて道路脇に立ち続ける「人間看板」をリー・カンションが演じました。ずっと立ち続ける彼が「満江紅」(マンジャンホン)を歌うシーンが特に印象的でした。これを歌わせる特別な意図があったのでしょうか?
監督 「金馬奨で審査委員長のアン・リー監督が『非常に重要なシーンでとても良かった』と言ってくれたのがうれしかった。この詩を作ったのは宋の時代の愛国的な将軍でしたが、彼は報われず死に追いやられてしまった。観客は自分の身に重ね合わせ報われなかった自身の人生を振り返ることができるのです。撮る前に取材に行きましたが、ほとんどが中高年で、独り言をボソボソ言ったり念仏を唱える人もいて、胸の内の苦悩を表現していた。この場所でどうしてもリー・カンションにあの詩を歌ってもらおうと思いました」

廃墟で弁当を食べる父子3人(C)2013 Homegreen Films & JBA Production
リーさんはツァイ・ミンリャン監督の作品でこの20年、ずっと主演を務めてきました。監督の作品で演じるということはあなたにとってどのような作業だったのか、また他の監督作品に出たいと思うことはなかったのでしょうか?
リー・カンション 「監督の指示通りに演じてきたつもりです。監督はなるべく演技は自然であるようにと要求します。よく他の人からも言われます。演技しているんじゃないでしょ、ただ自分を演じているにすぎないんじゃないですかって。でも僕が思うに、自然に見える、僕自身に見えるということは演技する上で一番難しいいことです。ですから演技をしているんだという跡を残さない様に演じることを心がけています。たとえばキャベツを食べるシーンやマンジャンホンを歌うところは1回でOKが出たんです。あれは演技をしているから。やりやすい。でも食べる、寝る、排せつするという日常の動作はじつにやりにくい。よくNGが出ます」

河原の絵が描かれている廃墟で立ち尽くす女(チェン・シャンチー=右)に抱き着く男(リー・カンション)(C)2013 Homegreen Films & JBA Production
監督 「マンジャンホンをうたうところやキャベツを食べるシーン、それからチキンのモモをかじる場面などは演技していると彼は言いましたが、私には自然に見えました。だからNGを出さずにすんだ。ああいう演技は訓練してできるものじゃない。人生が蓄積されてやっと出て来る“演技らしくない演技”なんです。それは彼がこの20数年をかけてキャベツをやっとああいう風に見事に食べて見せたということなんです。ですからあのシーンはごく自然な、演技に見えない演技だったと思います」
(この話には若干の補足をする。6月19日に開催された二人のさよならパーティで、筆者はたまたま最後の質問をする機会を得た。そこでリー・カンションにチキンの弁当を食べている時、何を考えていたのかと尋ねた。回答は「とにかくこれ食べ終わらなきゃ」だった。その回答に十分満足していると、すかさず監督がこう言葉を足す。「あそこのシーンを撮っている時、私は泣いていました。本当に自分でも泣いてました」。この二人にしかなしえない到達点と言えるかもしれない)
監督が今作を引退作と公言しましたが、リー・カンションさん自身はこの話を聞いていたのでしょうか、それとも寝耳に水? またそれを聞いた時どう思いましたか?
リー 「監督は疲れたのだろうなと思いました。体の調子が良くなかった。とくに今回の撮影では深夜に2回ほど僕が病院の救急窓口に連れて行ったほど体調が悪かった」

長回し13分の絵を見つめる男(C)2013 Homegreen Films & JBA Production
監督は(引退を事前に)話さなかったのですか?
監督 「誰にも言わなかったです。とくに引退宣言記者会見みたいなことはしていない。記者に聞かれたので、はい、この『ピクニック』は映画館で観客がチケットを買って見てもらう最後の作品ですと言いました。そう答えたのは目的があったからです。現在の映画配給のシステム自体を見直してもらいたいと思いました。というのは映画館で上映される作品は商業的な映画ですが、私たちの映画はそれにそぐわない時がある。私は作った映画のチケットを売るためにいろんなことをやりました。そのことに疲れました。もうチケットを自分で売らないで済むような方法で映画が上映されてもいいのじゃないかと思いました。たとえば美術館でです」
今回はリーさんの甥っ子、姪っ子も一緒に撮影しましたが演出がいつもと違いましたか?
監督 「兄の方は『楽日』と『迷子』にも出ています。『楽日』では閉館間際の古い映画館の観客席に座っている子で、彼は3歳の時から私の作品に出てくれている。兄も妹も映画に出るのが嫌いで、とくに妹は泣くほどでしたが、おじちゃんの作品だからと言って、やっと承諾したんです。妹は小康(シャオカン=リー・カンションのツァイ・ミンリャン作品における役名)に顔が似ているし、演技が上手で本当に才能があったんです。でも1回だけパパと言わなければいけないのに、いつもおじちゃんと言っているから、ついおじちゃんと言ってしまった。シャオカンも彼女の顔を拭いてあげるシーンは父性愛を感じさせました」
引退宣言はあったものの、インタビューやパーティーでの発言をうかがっていると、ツァイ・ミンリャン監督の創作意欲はいささかも衰えていないと感じた。商業公開という形ではないにしても、何らかの方法で二人のコラボレーションによる作品を見続けることができると信じたい。
郊遊<ピクニック>は9月6日より、シアター・イメージフォーラム、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
郊遊<ピクニック>の公式サイト
http://www.moviola.jp/jiaoyou/