第513回 「レッド・ファミリー」

「レッド・ファミリー」の一場面 (C)2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
韓国の鬼才、キム・ギドク監督が、才能を認めた若いイ・ジュヒョン監督にメガホンを託し、自身は脚本と制作を手がけた奇想天外な北朝鮮スパイ映画だ。かつては北のスパイと言えば冷酷非道な存在として描くのが当然だった韓国映画で北朝鮮兵士を人間味豊かに表現して注目を集めたのが「シュリ」や「JSA」だった。今作では“雪解け”はさらに進み、相手の価値観に理解まで示し「南北は心を開いて話し合うべきだ」と言わせる。所詮、映画の中だけの夢物語なのか? いやそれとも……。
韓国の風光明媚な観光地にある見晴らしのいい食堂のオープンテラスで記念写真を撮る仲むつまじい4人家族がいる。美しい妻と優しい夫、朗らかな娘に温厚な祖父。ところが家に帰ると妻は眉間にシワを寄せ、他の3人の行動をなじる班長に変わる。「なぜ一気に殺せない、腰抜けめ」「運転が下手くそだ」。そう言う彼女も次に受けた一家3人暗殺指令では泣き叫ぶ赤ん坊を撃つことができず、年若い娘が代わりに手を下した。一家は本国で訓練を受けて韓国に潜入したスパイによる偽の家族だった。

仲睦まじくしつつスパイ活動を繰り返す偽の家族。世間は理想の家族とうらやむが…… (C)2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
4人が世間からうらやまれる理想の家族と思われているのとは対照的に、隣には自分勝手な夫と料理に関心がなく浪費癖のある妻、生きがいを無くした祖母、気の弱い息子が住む。喧嘩が絶えなく、そのきっかけもくだらない理由からという典型的なダメ家族だった。「まさに資本主義の限界だ」「我ら朝鮮は決して堕落してはならない」と吐き捨てる班長の訓示に、他の3人はあわてて身を正す。

美貌で貞淑な妻(キム・ユミ)は北から送り込まれたスパイの班長だった (C)2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
本来なら水と油の二つの家族が、ひょんなことから行き来が始まることによって、それぞれの家族に微妙な変化が訪れる。偽りの家族を続けるスパイ一家は本音をぶつけ合う隣の家族がうらやましくなり、自身の本当の家族を思い出す。そして気付いてみれば4人は互いを思いやっている。ダメ家族は理想の家族と仲良くしたくて誕生パーティーを企画し押しかける。両家の家族が格好のパートナーを見付け仲良くなり始めた時、すべてを監視していた北の組織から戦慄すべき新たな指令が出される。
脚本が秀逸である。分断国家という厳然とある現実を受け入れながら、理念では決して解決しない問題を映画というメディアを通じて考えて行こうというキム・ギドク監督の思いがにじみ出る。そのために家族とは何かということをとことん考える構成になっている。とはいえ生真面目すぎず、コミカルな場面とスリリングな場面を交互に展開することで観客の気持ちをグイグイと引き込んでいくところはイ・ジュヒョン監督の腕の見せ所だったに違いない。

功績を表彰される4人の班 (C)2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
劇中、キム・ギドク監督が制作した「プンサンケ」を班長とその夫という設定の二人が映画館で見るシーンがあり、キム監督が南北問題に関心を寄せ続けていることをうかがわせる。
南北問題を描く作品なのでハッピーエンドで終わらないと覚悟はしても、映画のラストは胸迫るものがある。隣りのダメ家族がうだうだと吐き散らしたセリフの一つ一つが、この場面でもう一度繰り返されるのだが、それがまったく別の意味を持って聞こえるのは見事としか言えない。

スパイとはつゆ知らず隣の家に押しかける韓国人一家 (C)2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
そして本当のラスト。困難な統一問題に一筋の希望を託すようなある場面が流れる。ラストに定評のあるキム・ギドク監督ならではの余韻を噛みしめたい。
第26回東京国際映画祭コンペティション部門の観客賞作品。
「レッド・ファミリー」は10月4日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「レッド・ファミリー」の公式サイト
http://redfamily.gaga.ne.jp/