第516回 「愛しのゴースト」バンジョン・ピサンタナクーン監督に聞く
タイで「アナと雪の女王」を押さえ歴代興行収入記録を塗り替えた「愛しのゴースト」。ホラーとコメディに究極のラブストーリーを絶妙にミックスさせた才能に惚れ込み、世界中からオファーが殺到しているバンジョン・ピサンタナクーン監督に聞いた。
--この作品は怖いことが起きているのに観客をひどくは驚かさない。そこに脚本のうまさを感じました。その狙いはどの辺にありますか?
「ホラー映画というよりコメディを撮るという意識があったからです。怖くても、それは笑わせるための怖さです」
--それはうまいなと思いました。以前、大阪アジアン映画祭でも監督の「アンニョン! 君の名は」を見ました。あちらも笑い通しでした。題材はたくさんあるのに、今回はなぜ『ナンナーク』(日本の『四谷怪談』のようにタイ国民ならだれもが知っている有名な怪談)を選んだのでしょうか。
「このナンナークの話を今回のように夫と妻ではなく夫の4人の戦友の視点で描いた作品は見たことがないと思ったからです」
--確かにないですね。もともとナンナークはおどろおどろしい作品が多いですね。
「ええ、それに対し私の作品はコメディ要素が強いです」
物語は地獄のような戦場から帰還した青年マーク(マリオ・マウラー)が最愛の妻ナーク(タビカ・ホーン)と念願の再会を果たすところから始まる。しかし一緒に村に来た4人は、身重のナークはすでに死に、幽霊となって村にとどまっているという噂を聞く。命の恩人のマークをナークから引き離したい4人の仲間は、涙ぐましい救出策を次々と試みるが、怖気づいた彼らではうまくいくはずもなく、マークも噂を一切信じなかった。やがて本当に死んでいるのは妻のナークではなく、マークか、でなければ4人のうちの誰か1人ではないかという疑いが浮上し、ドタバタに拍車がかかる。
--撮影中、監督はモニターの背後で笑い転げたと聞いています。それはどのシーンですか。
「連想ゲームのシーンと葉っぱと芋虫を食べるシーンで、笑いすぎて私の声がマイクに入ってしまいました」
--私はお化け屋敷のシーンと、小船に乗っている誰がお化けかということを見極めるために股の間からのぞくシーンです。動きがあってなかなか特定できない。あそこはもう笑い通しでした。
「船の上のシーンの脚本は非常に短かったんですけれども、足りないなと思って現場で直しました。頭、首が重なるのが偶然で、ものすごくおもしろくて大声で笑ってしまったんです。でもリハーサルもなしで、その場で偶然できたシーンなんです」
--そうすると俳優たちの勘がいいというか。素晴らしいですね。前の作品で使った人を今回使われたわけですよね。その4人を簡単に紹介していただけますか。
「もともと『4BIA』という作品に出てもらったときに普通にオーディションに来た4人なんです。ドゥー役の人だけプロの役者さんで、後は他の職業なんです」
--いや、うまいですよ! 特にプアックとシン、笑い通しで素人とは思えないです。
「この人たちは20歳の頃からコメディタッチのCMにたくさん出ているんです。でも最近30歳になって、やっとプロの俳優になったという人たちです」
--チャウ・シンチーさんから一緒に映画を作らないかという話があったと聞いていますが、今どうなってますか?
「脚本は書き終えたので何もなければ来年1月にはプリプロダクションに入ります」
--主演もチャウ・シンチーさんですか。
「違います。チャウ・シンチーさんはプロデューサーです。私の考えているキャラクターはチャウ・シンチーさんとはイメージが合わないんです」
--最初はチャウ・シンチーさんが出る話もあったけど、それはなくなったと……
「いや、最初からないです。僕のために映画を1本撮ってくれという話でした」
--じゃあタイが舞台で、タイの俳優が?
「中国人俳優を中国で撮ります」
--大陸ですか。香港ですか。
「大陸です」
--タイの人は監督もそうですけど、CMを作ったり脚本を書きDJをやったりと。たまたまそういう人が集まっているのでしょうか。それともタイの国民性ですか。
「いろんなことをやっている人が周りにいるだけだと思います。ただタイでは監督自身が脚本を書かないとプレプロジェクトが発生しないという現状があります。なぜかというと脚本家が足りないんです」
--それは悪いことだけじゃないですね、たぶん。
「でも本当はハリウッドの映画監督みたいになりたいです。目の前に脚本がズラーっとあって、好きなのを選んで毎年撮れるっていう。でもやっぱりそれは無理なので自分でプロットを考えて自分で脚本を書くと大体2、3年に1本しか撮れない。本当は毎年撮りたいんです。自分はCMの監督をするよりは長編映画をずっとずーっと監督したいんです」
--ソウルでロケした「アンニョン! 君の名は」というような海外ロケ、日本でもなにか計画されていますか?
「考え中です。プロットを考えています。日本で撮らないかって誘ってくれている人がいるので」
--それは大阪ではないですか。
「今は秘密です(笑)」
--どこを選んでもヒットしそうな気がします。2004年と10年と12年の今作。いずれもその年の興行成績1位を記録しています。おそらくタイでは「興行記録男」と呼ばれていると思いますけれども、その秘訣はあるんでしょうか。
「秘訣っていうのは特にないんですけれども、私が映画を撮る動機は、自分がすごく見たくてすごく作りたいと思う映画です。自分は結構飽きっぽいので、映画を見てから『あれ、この手の映画はもう見たことがあるし、誰かが作ったんじゃない?』って思いながら見ることが多いので、自分自身が作る時には誰も作ったことがない映画を作りたい。それが観客にウケるかどうかはわかりません。でもこれを撮りたいという映画があればパッションも情熱もパワーもある映画が撮れると思っています」
--たぶんそういう熱意を観客は感じるんだろうと思いますね。
「そう思います。作っている人が興奮しているとその興奮
が観客に伝わると思うんですね」
「愛しのゴースト」は10月18日よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート六本木他全国公開【紀平重成】
【関連リンク】
「愛しのゴースト」の公式サイト
http://love-ghost.com/