第517回 「祝宴!シェフ」のチェン・ユーシュン監督に聞く

穏やかな笑みを浮かべるチェン・ユーシュン監督(2014年9月2日、東京都渋谷区で筆者写す)
台湾一の美食の街・台南を舞台に繰り広げられる料理コメディ「祝宴!シェフ」。16年ぶりの長編が大ヒットしたチェン・ユーシュン監督に聞いた。
1990年代に「熱帯魚」や「ラブゴーゴー」の作品でアン・リー、エドワード・ヤンらと共に“台湾ニューシネマ”を牽引したチェン・ユーシュン監督は、その後、活躍の場所をCM業界に移し、2010年以降久しぶりに撮った作品も連作やオムニバスの1編と短編に留まっていた。今回の華々しい復活にはどんな事情があったのか。
--プロデューサーのリー・リエさんとイエ・ルーフェンさんを取材したことがあります。二人とも凄腕のプロデューサーで、ヒット作を連発しています。2人はこの作品にどのようにかかわったのでしょうか。
「2人の作品に対する影響力はものすごく大きかったです。そもそも撮るのが難しい映画です。ひとつは料理を撮るということ自体が難しい。また今回はロケ地が多く、俳優も有名な方が多いのでお金もかかります。しかし、2人の知名度と実行力でいろいろなロケ地を見つけ、キャスティングも私の希望どおりにしてくれました。最後のセールスの部分でも2人は頑張ってくれました」

「祝宴!シェフ」の一場面 (C)2013 1 PRODUCTION FILM COMPANY. ALL RIGHTS RESERVED.
--2人が声を掛けてきたのですか、それとも監督の方から声を掛けたのでしょうか
「実はイエ・ルーフェンさんと武侠もののコメディを撮るための準備していたのですが、それが最終的にはうまくいかなかった。私はとても気持ちが落ち込みました。それでも、イエ・ルーフェンさんに『それならこういうのはどう?』と今回のアイデアを話し、『これならコメディタッチでおもしろいものが撮れるし、きっとヒットする』と言いました。彼女も『それならいい』という話になり、『じゃあリー・リエさんと一緒にやりましょうか』と言ってくれたんです。リー・リエさんも『ぜひ一緒にやらせてください』というお話しで、3人で協力し合いこの作品を作ることになりました。最初は3人とも簡単に考えていたのですが、だんだん話が大きくなって、こういう大きな作品を撮ることになったのです」

ルーハイ(トニー・ヤン=中央)の作った料理に驚くシャオワン(キミ・シア=左)と母親のアイフォン(リン・メイシウ) (C)2013 1 PRODUCTION FILM COMPANY. ALL RIGHTS RESERVED.
--主役の一人に料理コンサルタント役のトニー・ヤンさんがいます。彼をキャスティングしたのはルックスに加え親がレストランをやっているので彼も料理がうまいと思ったからでしょうか。
「お父さんが火鍋の店を経営していることは聞いていました。でもその店に行ったことはないですし、トニー・ヤンのお父さんがお店を経営しているからと言って彼をキャスティングしたわけではありません。台湾は非常に格好いい俳優が多いですが、さらにコメディタッチのものを演じられるのはトニー・ヤンをおいて他にはいないと思いました。その彼をキャスティングしようと思った後で、実は彼が調理学科を出ていて、料理は大丈夫だということがわかったんです」
映画は、そのトニー・ヤンふんするルーハイが鮮やかな手つきで次々と美味しそうな料理を作っていく。観客にとってはポーカーフェイスのコメディアンという彼の新たな魅力と合わせて各シーンを堪能することができるだろう。
バンド(屋外宴会)を取り仕切る總舖師(ツォンポーサイ)」と呼ばれる伝説の料理人を父に持つ少女シャオワン(キミ・シア)は、父の仕事を受け継ぐことを嫌い、モデルになることを夢見て都会に出た。しかしその夢かなわず、恋人の借金まで背負わされ、逃げるように故郷に帰った彼女が見たのは、父の死をきっかけに経営の悪化したお店だった。料理が苦手ながらもシャオワンは家業を継ぐことを決意。偶然知り合った料理コンサルタントのルーハイに助けを求めるが……。

ルーハイは料理の極意を求め師匠を訪ねるが…… (C)2013 1 PRODUCTION FILM COMPANY. ALL RIGHTS RESERVED.
--この企画を考えたのは監督自身が食にこだわりがあるからでしょうか。
「もちろん食べるのが大好きですので、グルメの写真を見ると『ああ、食べたい』と思うことが多いです。そして台湾人も食べるのが大好きっていう人がすごく多いので、こういう映画を撮れば台湾の人たちに楽しんでもらえると思いました。そして宴会料理人の總舖師がだんだんと少なくなってきているので、もう一度映画で残しておきたいというのも大きな動機でした」
--アン・リー監督の「恋人たちの食卓」という作品も思わずよだれが出るような内容でしたけれども、今回、バンドに着目されたのは何かヒントがあったのでしょうか。
「私が小さい頃、こういうバンドと呼ぶ祝宴の席がよく見かけられました。でも最近は台北ではほとんど大きなホテルやレストランで宴席をやります。ですからバンドと聞くととても懐かしい。そこでは人と人との心の通い合いがすごく濃密に感じられました。その祝宴がなくなるにつれて、心の通い合いも薄くなってしまったように思います。そこでこの映画を撮り、昔の懐かしい記憶をみなさんにもう一度呼び覚ましたいと思いました。また古早料理(グーザオツァイ)という伝統料理が復活して、みんながまた食べてみたいなと思ってくれるようにという思いで撮りました」
--今總舖師と呼ばれる人は何人ぐらいいますか。
「100~200人ぐらいじゃないでしょうか。その中でも有名な人っていうのは極々少数ですね。
--この作品のヒットの要因は先ほどお話しされたような「おいしいものの映画を作ったら必ず当たるだろう」ということのほかに「人の心の交流の復活」というあたりが強く観客の共感を呼んだということでしょうか。
「そうですね。失われてしまった美しいものへの懐旧の情、懐かしさがこの映画をヒットさせたと思います。例えば素晴らしい料理を作るにはコックの本物の腕が必要だったわけですし、料理の難しい工程、プロセスが本当に大事にされてきたわけです。今はそのプロセス自体もだんだんと変わってきています。なぜかと言うと様々な便利な道具が出現したからです。例えば電子レンジとかオーブンとか、そういうものは昔はなかったので、別の方法で色々と作っていたわけですけれども、そういうものが出たことによってごく簡単に作れるようになってしまった。また人と人との心の通い合い自体も昔はお互いに助けあってきたというところがありますけれども、今は人情が薄くなっていますよね。そういうところに対する懐かしい思いが観客にあったのではないでしょうか」

なぜか全国宴席料理大会に出場してしまうシャオワン (C)2013 1 PRODUCTION FILM COMPANY. ALL RIGHTS RESERVED.
--最近台湾ローカルの作品がヒット
してます。そういうところも関係しているんでしょうか。
「そういうところはかなりあると思います。私はしばらく映画を撮っていなかったですけれども、なんらかの台湾ローカルのものを題材にして撮ってみたいと思っていました。やはりバンドという伝統料理を題材にするということで、きっと台湾の観客にも受け入れてもらえるのではないかという期待もありました」
--16年ぶりの長編ですが、その間「いつかもう1回いい作品を世に出したい」という思いは常にあったんでしょうか。
「それはなかったですね。なぜCM業界に入ったかというと、映画業界の不景気で「もう駄目だな」と見切りをつけたからです。それでCMのディレクターになってからはもうCM一本の頭しかなかったです。でも年齢がそろそろだと自分で思ったんですね。ここで一本長編映画を撮っておかないと、もうちょっと年齢が上がってしまったら撮れなくなるかもしれないという思いがありました。一本ちゃんとした長編を撮るということで『自分が生きてきた証にしたい』と思ったんです。きちんとこのへんでいい映画を1本撮っておきたいなという思いが湧き上がってきたのです」
--今度台南に行くんですけれども。おすすめのお店はありませんか。
「どんなものを食べても台南はおいしいですよ。アナゴの炒めものは絶対食べていただかないと。牛肉スープ、これも美味しい」
--チャレンジしてみます。ありがとうございます。
「祝宴!シェフ」は11月1日よりシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開【紀平重成】