第520回 「ふたつの祖国、ひとつの愛~イ・ジュンソプの妻~」
韓牛の絵を得意とし韓国の国民的画家と呼ばれるイ・ジュンソプ。その彼と日本人妻が激動の歴史に引き裂かれながらも愛を貫いた物語だ。「私のすばらしい最愛の一等大事な君へ」「わたしの大切な大切なあなたへ」。39歳の若さで夭折した苦難の時代の彼を支えた妻のもとには200通にも及ぶラブレターが残された。
監督は「台湾人生」「台湾アイデンティティー」など台湾の日本語世代を追ったドキュメンタリーで知られる酒井充子監督。
イ・ジュンソプと後に妻となる山本方子(まさこ=敬称略)は戦火が激しくなる前の1939年、東京の文化学院の廊下で方子が筆を洗っている時に出会った。互いに惹かれあった2人はデートを重ね恋に落ちる。43年、ジュンソプがソウルでの展覧会のため一時帰省すると戦況の悪化で東京へ戻ることが困難に。戦況がさらに厳しくなった45年3月、方子は危険を顧みず単身、玄界灘を渡って2年ぶりに恋人と再会し、彼の故郷、元山で結婚式を挙げる。
幸せもつかの間、南北分断や朝鮮戦争の混乱で一家は釜山や済州島に避難。生活困窮のため母子3人が体調を崩し、52年に夫を残し一時帰国した。
手紙はイ・ジュンソプが栄養不良や拒食症で亡くなる56年までの4年間に交わされたものだ。
「長い長いポポ(キス)をおうけとりください 君のできるだけ大きなシャシンもお送り下さい」
「どんなささいなことでも あなたの日常のことを知りたいのが妻としての心情ですものそれはそれは首を長くしてお待ちしております」
ジュンソプからの手紙には絵が添えられることが多く、「ポポをおうけとりください」と書かれた手紙には抱き合う2人の幸せそうな絵が描かれている。
2人の息子がカニと戯れる絵には子供たちの名前が添えられ、父親の愛情がにじみ出る。また大きな荷車に子供を乗せて一家4人で旅立つ姿を描いた絵には、早く家族と再会したいという思いがあふれている。どの絵も天真爛漫で、ピュアな人間の感情が発露されている。
戦後、日韓双方の政権の対立は、家族の再会を困難にしたが、逆に夫婦の絆を強めたと言えるかもしれない。この4年の間にジュンソプは制作に専念し、後に評価される多くの作品を生みだした。そして家族への思いは手紙や絵の中に刻み込まれ永遠に語りつがれようとしている。
方子は現在、東京で次男夫婦と同居し平穏な日々を送っている。映画の中ではソウルや済州島を再訪し、懐かしい人々と交流する姿も出てくる。海辺にたたずみ、時に遠くを見つめるような表情。その視線の先にはどのような映像が浮かんでいるのだろうか。
人の出会いと交流は国家ではなく個人だと改めて思う。方子とジュンソプは国家に翻弄されながらも、なお個人を信じようとした。
「ふたつの祖国、ひとつの愛~イ・ジュンソプの妻~ 」は12月13日よりポレポレ東中野にて公開【紀平重成】
【関連リンク】
「ふたつの祖国、ひとつの愛~イ・ジュンソプの妻~ 」の公式サイト
http://u-picc.com/Joongseopswife/