第522回 「イ・ウヌの魅せる演技」

「メビウス」で嫉妬に狂った妻を演じるイ・ウヌ (C)2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
主役をやらせれば嫉妬に狂った女を怪演し、群像劇の一人を演じれば圧倒的な存在感を示す。そして小さな役と言えども必ずや印象に残る演技を見せるのが韓国のイ・ウヌである。東京フィルメックスなどの映画祭や公開間近の話題作に立て続けに出演し観客を虜にする注目の女優を紹介する。
作品を見た順番に並べれば「慶州」(チャン・リュル監督)、「メビウス」(キム・ギドク監督)、「さよなら歌舞伎町」(廣木隆一監督)、「生きる」(パク・ジョンボム監督)ということになる。監督も個性の際立つ人が並び、イ・ウヌは才能があり手法にこだわりを持つタイプの監督から声をかけられやすい女優ということになるのだろうか。
4作品の中で主役と言えるのは「メビウス」だ。夫の不倫に嫉妬心を燃えあがらせた妻は、夫の性器を切り落とそうとするが失敗。情念のおもむくまま矛先を自分の息子に変えて思いを果たし家を飛び出す。衝撃を受ける息子と夫、さらに夫の愛人を交えた四角関係は、やがてメビウスの輪のようにいつの間にか役回りを入れ替え巡り巡ることになる。

息子(ソ・ヨンジュ)と愛人、そして… (C)2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
その妻と愛人の一人二役で出ているイ・ウヌは、母であり女であるという2面性を体当たり演技で披露している。いわゆる美人顏ではないが、人懐っこいチャーミングな笑顔。そして相手の目を射抜くような妖艶な顔。この七変化を見るだけでも映画館に行く価値はある。
一方、廣木隆一監督の「さよなら歌舞伎町」は新宿・歌舞伎町のラブホテルに出入りする訳あり気な男女5組の24時間を描いた群像劇。その一組、韓国から出稼ぎに来た料理人の男と同棲するデリヘル嬢を生き生きと演じている。国に帰って自分の店を持つことを共に夢見る二人だが、稼ぎのいい女の方はいよいよ帰国が迫る。男はある思いを持って出かけるのだが……。

「メビウス」の一場面 (C)2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
特殊な空間の1日を赤裸々に描こうとすれば、どぎつくなるか重苦しい内容になりそうだが、廣木監督は染谷将太や前田敦子といった若手の人気俳優に加え、大森南朋、田口トモロヲ、松重豊、南果歩ら実力派の豪華キャストで固め、笑いと温かさに包まれた作品に仕上げている。
中でもイ・ウヌ演じる女性の無垢な心の内から発せられるような優しい言動は「メビウス」の演技とはまた違った魅力に満ちていて印象深い。

「さよなら歌舞伎町」の一場面。左は共演のロイ (C)2014「さよなら歌舞伎町」製作委員会
同じ東京フィルメックスで上映された「生きる」も出演シーンはわずかだが、主人公の男(パク・ジョンボム監督)を叱咤激励し、あるいは可愛がる。その味のある演技がいい。短いシーンにもかかわらず鮮やかに思い出される演技を披露することができるというのは勘の良さも含め才能というべきだろう。

客から贈り物をもらって喜ぶ (C)2014「さよなら歌舞伎町」製作委員会
東京フィルメックスは貧困や暴力、マイノリティーといった現代社会が抱える暗部を見据え、しかもメッセージ性が強いだけでなく、展開はパワフルで斬新、かつこの先はどうなるのと考えさせる構成も見事な作品が揃うことで定評がある。とりわけ今回は「野火」(塚本晋也)、「西遊」(ツァイ・ミンリャン)、「彼女のそばで」(アサフ・コルマン)、「真夜中の五分前」(行定勲)、「扉の少女」(チョン・ジュリ)、「生きる」(パク・ジョンボム)などの作品は多彩で、一年の締めくくりの場にふさわしい内容だった。個人的はイ・ウヌという新しい才能の発見があり十分に満足している。
「メビウス」は12月6日より新宿シネマカリテほか全国公開。また「さよなら歌舞伎町」は1月24日よりテアトル新宿ほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
東京フィルメックスの公式サイト
http://filmex.net/2014/
「メビウス」の公式サイト
http://moebius-movie.jp/
「さよなら歌舞伎町」の公式サイト
http://www.sayonara-kabukicho.com/