第526回 「ヒーロー・ネバー・ダイ」

「ヒーロー・ネバー・ダイ」の一場面 (C)1998 Film City(Hong Kong)Ltd. All Rights Reserved
「いま一番来日を期待している香港の監督は」と聞かれれば、迷うことなくジョニー・トー監督とアン・ホイ監督の2人を挙げたい。アン・ホイ監督については何年か前の東京国際映画祭で直前の来日キャンセルに涙をのんだことがある。2人に共通するのは精力的に映画を撮り続け、しかもどの作品も質が高いこと。さらに付け加えれば、香港というアイデンティティを失うことなく、大陸とも上手に付き合っていることである。
その話は、また別の機会に譲るとして、今年最後の本コラムはトー監督の1998年の旧作(99年日本公開)で、新年早々のブルーレイ発売を機に特別リバイバル公開されている本作を紹介したい。もちろん、あまりにも有名な作品だけにご覧になっている方も多いはず。しかし、その後のジョニー・トー監督を彷彿とさせる“トーさん印”とでもいうような特徴が随所に見られ、監督の変わらない好みと逆に変わった手法が同時にあぶり出されているようで見ごたえがある。
世間ではこの作品を「男たちの挽歌」「インファナル・アフェア」と同じ流れにある香港黒社会に生きる男たちの抗争を描いた正統派“ノワールアクション”と呼ぶ。男の美学やロマンにこだわる点も同様だ。しかも戦いの大元にあるのは復讐である。耐えて、忍んで、また耐えて。その先に見え隠れする抑圧の開放というカタルシスを楽しみたいがために、観客もまた主人公同様に耐えていくのであろう。

「天使の涙」を髣髴とさせる華麗なガンさばき (C)1998 Film City(Hong Kong)Ltd. All Rights Reserved
本作の場合は自分を見捨てたボスへの復讐だ。裏社会に生きる2人の殺し屋は互いに対立する2大組織に雇われ相手のボスの命を狙っていた。冷静なジャック(レオン・ライ)と豪放なチャウ(ラウ・チンワン)。2人は、性格は違えど伝説の殺し屋として名をはせ、一目置く仲でもあった。やがて激化する抗争はタイにまで及び、2人は瀕死の重傷を負い、さらに組織から見捨てられるという過酷な運命が待ち受ける。
男たちの裏切りと絆を交差させて見せるという手法はトー監督のいわば“職人芸”であり、存分に楽しめるだろう。その一方、トーさんならではの独特のスタイルも早い時期から確立していたことに改めて気付かされた。スローモーション、乱舞する光など光と影の効果的使用、そしてワインへのこだわりである。

意地の張り合いから2人はワイングラス割を始める (C)1998 Film City(Hong Kong)Ltd. All Rights Reserved
「エグザイル/絆」では幾度となく繰り替えされる銃撃戦の映像美にしびれたが、闇医者の部屋でカーテン越しに始まるスローモーションの銃撃戦に心を奪われたファンは、その原点ともいえるシーンが本作でもタップリ見られ、満足されるだろう。同様に殺し屋2人が運命的に出会う香港のバー「サキソフォン」で「スキヤキ・ソング」(オリジナルは坂本九歌う「上を向いて歩こう」)が流れる中、コインを使ってワイングラス割りをする対決シーンは背景が赤と青のライトに照らされて浮き上がり、男の意地がぶつかり合う最高の照明舞台に仕上がっている。
そしてワイン。本コラム第511回で御紹介した「世界一美しいボルドーの秘密」というドキュメンタリーの中で香港・中国でのヴィンテージワインへのこだわりぶりが披露される。女性がこう強調する。「90年代の香港ギャング映画でも(ワインの)名前が出たのよ」。続く映画のシーン。レストランの中庭で、1人の男が仲間に「マテウスを飲むか?」と声をかける。すると別の男が叫ぶ。「82年のラフィット以外はクズだ」。それを合図に激しい銃撃戦が始まる。

16年前のラウ・チンワン、若かったですね (C)1998 Film City (Hong Kong)Ltd. All Rights Reserved
女性は90年代の香港映画と誤って紹介しているが、ジョニー・トー監督のファンならもうご存じのはず。このシーンは明らかに「エグザイル/絆」(2006年)である。監督は銃撃戦のきっかけにワインの銘柄を使ったのだ。
本作でも持ち寄ったワインの味比べで意地を張りあうチャウとジャックを見て、チャウの恋人が機転を効かせ、どちらも上等のはずだからと1本を開け、もう1本は2人の名前をラベルに書いてキープさせるというシーンがある。そのラベルが冒頭をはじめ何度も出てきて2人の仲や先の展開を暗示するアイコン代わりに使われている。ワインも、ただ美味いというふうには描かない。これも見事である。

こんなシーンも味わいがある (C)1998 Film City(Hong Kong)Ltd. All Rights Reserved
さて、耐えて忍んでという復讐へのエネルギーを蓄積させる展開は香港ノワールものの定番とは言え、ここをいかに描くかがポイントだ。同じ復讐ものでも監督はタイトル通りヒーローは死なずにもどってくるという絶妙の設定を用意した。まだ未見の方のためにあえて伏せるが、重症を負い意識のないジャックは追手の魔手が迫ろうという危機一髪の際に彼女の機転で難を逃れる。同じく重症のチャウは困難を強いられるが、後半も大活躍する。ある意味、豪放な役どころのラウ・チンワンらしい設定と言えるかもしれない。
年末年始も上映中ということなので、時間を確認しつつこの機会に映画館へ足を運ぶことをお勧めする。
「ヒーロー・ネバー・ダイ」は12月6日よりシネマート六本木にて特別リバイバル公開中【紀平重成】
【関連リンク】
「ヒーロー・ネバー・ダイ」の劇場公式サイト
http://www.cinemart.co.jp/theater/special/HND2014/
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