第528回「14年私のアジア映画ベストワン(1)」
「銀幕閑話」恒例の新春企画「私のアジア映画ベストワン」は今回が10回目。ご参加いただいた方は、それぞれ思いを込めての1票ですが、他の人がどのような作品を選び、どんなコメントを寄せているのか気になりますね。それでは早速第10位からご紹介!
中国では昨年5月に公開されたものの日本公開の3月を待たずに10位にランクインしてしまったのはチャン・イーモウ監督の「帰来」(邦題「妻への家路」)。多彩な投稿者がいる本コラムの「ベストワン」ですが、このスピードはさすがチャン・イーモウ監督です。「中国映画の熱狂的黄金期——改革開放時代における大衆文化のうねり」(岩波書店)などの著書がある劉文兵さんは「文化大革命によって深い心の傷を負った夫婦の悲しい愛を、チャン・イーモウと主演のコン・リーの名コンビで手堅く描いたメロドラマ」とコメントしています。筆者も拝見しましたが、泣かせ所はタップリと期待を裏切りません。
続いて第9位は昨秋の東京国際映画祭で上映された台湾のチャン・ロンジー監督「共犯」。吉井さんは「ネット社会の怖さのような問題意識も織り込みつつ、若者たちの心の動きもしっかり描き、展開はスリリングかつ88分というコンパクトな長さで、キャスティングもよく、非常によくできた作品だと思いました。見終わってすぐ、それぞれの登場人物の立場からの様々な感情がこみ上げてきて、複雑で強烈な後味が残りました。前作(「光にふれる」)とは少し違った方向性の作品ながら、今回も見事に独自の作品世界を作り上げていて、監督の才能の豊かさを感じました」と高く評価します。
そして第8位は大阪アジアン映画祭とアジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映された香港のアダム・ウォン監督「狂舞派」。前沢智八さんは「スポーツを続ける上で待ち受ける最も困難な壁について描かれている映画は初めてでした。目標達成のためのハードルとして、壁が一過性的に扱われることはよくありますが」というコメント。筆者はタイトル通りの激しい踊りに圧倒されながら、ダンスや恋に夢中になり挫折もあるという青春のほろ苦さをみずみずしくすくい取り、ラストまで目が離せない作品にまとめあげた監督の手腕に感銘しました。
続く第7位は久しぶり登場のチャウ・シンチー監督による「西遊記 はじまりのはじまり」。東アジア地域の興行成績を伝える「東亜電影速報」のbanzong 坂口英明さんは「古典的キャラクターの新解釈やCGの多用など、凝るとたいていハズレることが多いけれど、さすがチャウ・シンチー監督、これは奇跡的に成功していて楽しめました。スー・チーさんも素敵でした。2014年から15年、大作時代が終わった中国映画界は曲がり角にきて、ガラパゴス化しつつある感じ。その中で注目は香港系の監督」と分析します。
いよいよ第6位です。蔡明亮監督の「郊遊<ピクニック>」。ペンネームmikikoclaraさんは「長編10作を全部見直しました。そうすると、描いている世界観が前作までと比べて、格段に大きくなっているのが分かります。一貫したモチーフの『人間の孤独』が、この作品では、人類が宿命として背負っている孤独へと深化しているように見えるのです。最後の長回し2カットで、ぐぐっと人間の本質に至る。こういった表現がアジアにあることを誇りに思います。監督個人の経歴にとってもターニングポイントになる作品であり、これを各国の映画界がどのように扱えるかということで、映画に対する理解の深さを測れるような作品だと思います。偏愛してやみません」とあつい思いを語ります。
さて、ベストテン入りした作品紹介はひとまずお休みして、“この1本”に込めた思いを順不同で紹介しましょう。
せんきちさんのベスト作品はフィリピンのジュン・ロブレス・ラナ監督「ある理髪師の物語」。「昨年は『マダム・イン・ニューヨーク』や『Queen』等、覚醒する女性を描いたインド映画が話題になりましたが、この映画は自分が住むフィリピンの片田舎で覚醒していく女性の物語という点が稀有だと思います。マルコス政権下の政治的な抑圧のみならず、男性からの日常的な抑圧という二重の抑圧の中で従順に生きてきた主人公が、夫の死を期に真実に目覚めていく。そしてあらゆる身分、階層を越えて女たちが連帯する姿には心を打たれずにいられません。ほんとうに、どうしてこれを日本で公開してくれないのでしょう……」
映画評論家の中川洋吉さんは「神の眼の下(もと)に」(イ・ジャンホ監督)を推します。「韓国ニューウェーヴの旗手であった彼の久しぶりの新作です。アジアフォーカスで上映されました。テーマは棄教の是非であり、特筆すべきは描かれる人間像の良い意味でのエゲツなさです。韓国映画の力(りき)を感じさせる一作です」
映画評論家で、大阪アジアン映画祭のプログラミング・ディレクターでもある暉峻創三さんは台湾の「行動代号:孫中山」でした。「『藍色夏恋』の易智言監督12年ぶりの長編新作。映画にだけ可能な時間感覚、現実しか写してないのに夢見てるような空間感覚が、素晴らしい」。新人を多数起用していて、第2のチェン・ボーリンやグイ・ルンメイがこの作品から出てくるのでしょうか。
柴沼さんは「アクト・オブ・キリング」(ジョシュア・オッペンハイマー監督)を挙げます。「アジア映画だけでなく、昨年みた映画の中でもトップです。僕はドキュメント映画が苦手なので、まさか、自分の年間1位にドキュメンタリーがなるとはおもっても見ませんでした。1960年代のインドネシアの大虐殺のドキュメンタリーですが、この映画の凄いのが、大虐殺の加害者に大虐殺のシーンを再現させるという手法をとっていること。正義とは何か、人間とは何か、価値観をひっくり返ること。今年だけでなく、ドキュメンタリー史の中に燦然と輝く名作といっても過言ではありません」
「『映画ファンのための』韓国映画読本」(ソニーマガジンズ)を編集した千葉一郎さんは「ザ・レイド GOKUDO」です。「目の前に登場する敵をひたすら打ち倒していくという、格闘ゲーム的なテンション「だけ」で、映画一本を見事に見せ切った前作から一転して、パート2は、潜入捜査モノのフォーマットをベースに、マフィア、警察、そして日本ヤクザによる三つ巴の抗争劇が展開。話が複雑になったぶん、明らかに消化不良な部分も目に付くが、アクション・シーンでお釣りが来るのはパート1と同様。主演のイコ・ウワイスの驚愕の身体能力に目を奪われるのは当然として、暴力が炸裂する直前の、場の空気がキューっと絞りこまれていくようなただならぬ緊張感がたまらない。日本を舞台にしたパート3も構想されているとか。早く観せてくれ!」。こちらも熱いですね。
文筆家の宋莉淑(ソン・リスク)さんは「セルフ・メイド」でした。「昨年の東京国際映画祭で上映されたイスラエル映画(シーラ・ゲフェン監督)。対立するイスラエルとパレスチナ、両地域に暮らす女性の人生が、ある出来事をきっかけに入れ替わってしまう物語なのですが、映画冒頭から引き込まれ、最後のセリフまで味わい深かった。リアルな出来事の中にも、ユーモアとファンタジーに満ち溢れている美しい映画で、偶然的に観たのだが、自分が今、観るべき作品だと強く感じた。2国間で起こっている問題を北朝鮮と韓国に置き換えてみると、どんよりとした気持ちになるのも興味深い」
インド生活が1年以上になるxiaogangさんは韓国の「新しき世界」を推します。「イ・ジョンジェの渋さと、ファン・ジョンミンのかわいさに萌えました。終始クールで、一点だけセンチメンタルなところがミソだと思います」。うれしいことにもう1本。「ついでに、2014年のインド映画のベストワンは、カンナダ語映画“Ulidavaru Kandante”です。ひとつの事件を複数の登場人物の視点から描いた、娯楽性と芸術性を兼ね備えた映画。南インドの漁村の風景、カンナダ語の響き、美しい音楽が醸しだすラテンっぽい空気感が印象的です」。うーむ。大阪か福岡の映画祭で見たいですね。
上位5作品のご紹介は16日ごろになります。ご期待ください。