第531回「女神は二度微笑む」
いくらインド映画が元気と言っても、年間1200本以上も製作されれば中には駄作も混じっているはず。幸いなことに日本で公開されたり映画祭で上映される作品は選りすぐりの作品ばかりでジャンルも多彩、かつ存分に楽しめる作品が多い。中でも本作のように先の読めない本格派ミステリーでドキドキ感もたっぷり味わえる映画となれば、最後のどんでん返しまで目が離せない。その完成度の高さには「もう参りました」の心境である。
2年前、地下鉄で毒ガスによる無差別テロ事件が起きたコルカタの国際空港にロンドンから身重のヴィディヤ(ヴィディヤー・バーラン)が到着する。空港から警察に直行した彼女は1カ月前に仕事で来たはずの夫のアルナブを捜してほしいと依頼する。しかし宿泊先と勤務先に夫がいたことを示す記録はなかった。やがてアルナブに瓜ふたつのミラン・ダムジという危険な人物が浮かび上がる。同時に国家情報局のエージェントが捜査に介入し始め、さらに自分の協力者まで殺されてヴィディヤは窮地に追いやられる。
夫のアルナブとミランという男は果たして同一人物なのか、あるいはまったく人違いで夫は大きな陰謀に巻き込まれたのか。謎が謎を呼ぶ展開はスリリングで見ごたえがあるが、最大の魅力は主人公ヴィディヤの大活躍ぶりだと思う
妊婦の大きなお腹を抱えてコルカタの雑踏を行きつ戻りつする姿は女神と呼んでもいいほどの可愛らしさ。なのに警察官より先に機転を効かし素人とは思えないほどの調査力を発揮する。行き詰っても簡単にはあきらめない。身の危険を警告する警察官のラナに対しては「夫が消えてからは人生は冗談になったの」と気丈なところを見せる。
この演技でヒンディー語映画界の祭典フィルムフェア賞主演女優賞に輝いたヴィディヤー・バーランだが、彼女の経歴を見るとさらに「参りました」感は強まる。
両親が話していたマラヤーラム語、タミル語のほか、育ったムンバイのマラーティー語、さらにヒンディー語、英語、ベンガル語の6つの言葉に堪能。幼い時から女優を志し、16才の時にテレビドラマに出演。その後教育重視の両親の意向で大学に進み、大学院で修士号も取得した。2003年に映画デビューし数々の主演女優賞を受賞、演技派女優として存在感を発揮している。そして2012年に大手映画製作会社インド・ディズニー社トップのシッダールト・ロイ・カプールと結婚し、人気俳優アーディティヤ・ロイ・カプール、クナール・ロイ・カプールの兄嫁となった。 ある意味、完璧な人生と言ってもいいだろう。
相手役の二人も負けてはいない。少々頼りないが誠実な警察官のラナをさわやかに演じたパラムブラト・チャテルジーは本作のヒットで人気が出て、2年後の 2014年の上半期には6本の主演作が封切られた。また昨年の東京国際映画祭ワールドフォーカス部門上映の「オプーのうた~『大地のうた』その後」でも主演を果たしている。監督としても活躍し11年以降3本の作品を撮っている。
やたらとわめき散らしヴィディヤの敵役的存在となるカーン警視を演じたのは個性派俳優のナワーズッディーン・シッディーキー。デリーでガードマンとして働いている時に演劇に目覚め、下積みを続けた後に「デーウD」(大阪アジアン映画祭で上映)の芸人役で注目される。本作でも強烈な存在感を示し、「血の抗争Ⅰ・Ⅱ」(アジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映)の主演でその人気を決定づけた。「めぐり逢わせのお弁当」では主人公サージャンにまとわりつく後任シャイクを好演している。「えっ、あの人が?」と言いたくなるほど別人になりきっている。
さて、本作が優れているのは、娯楽作品としての魅力だけではないところだ。例えば無差別テロという今や遠い世界の出来事ではないと誰もが思わざるを得ない題材をたくみに取り入れ、同時代性に裏打ちされた作品に仕上げている。またテロの手段が爆弾ではなく毒ガスという点はオウム真理教による地下鉄サリン事件を彷彿とさせ、日本人としては古傷がうずくような感覚にとらわれる。
一方、民俗色豊かな伝統行事を物語の行方を左右する重要な素材にしているところにも感心する。実は映画のタイトルになっている「女神は二度微笑む」の“女神”とは、「ドゥルガー・プージャー」の祭りに登場するヒンドゥー教の戦いの女神ドゥルガーのことを指している。優雅な容姿に激烈な気性を併せ持った女神と伝えられているので、この両面性こそが本作の謎解きには欠かせない。いつ、どこで女神は微笑むであろうか。
「女神は二度微笑む」は2月21日よりユーロスペースほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「女神は二度微笑む」の公式サイト
http://megami-movie.com