第541回「モンキー・マジック 孫悟空誕生」
みなさんお馴染みの孫悟空が大暴れする「西遊記」は、これまで映画やドラマ、小説、京劇といったさまざまなメディアの中で繰り返し演じられ、紹介されてきた。筆者も小さいころから漫画やアニメを夢中になって見た。その魅力は、妖怪が次々に出てきて三蔵法師らの行く手を阻むという物語としての面白さに加え、主人公の孫悟空が時には悪さもして我々庶民の身近な存在という風に描かれていたからだと思う。
その孫悟空にドニー・イェン扮する本作も、この基本はしっかり押さえていて、いざ闘えば無敵の働きをするのに、人にだまされ、あるいはおだてられいい気になって失敗する。そこが何だか可愛くて親しみやすいのである。
特殊メイクに毎回5時間かけたドニー・イェンの孫悟空は、顔の表情から手足の運び方までまさにお猿さんそのもの。中でも喜怒哀楽を表す目の動きは時にチャーミング、時に怒りに燃えていて迫力満点だ。
本編は天界と魔界の戦いの後、荒れ果てた天界を補修する際の石のかけらから生まれた孫悟空が、どうして五行山に閉じ込められることになったのかを描いた長い西遊記の中の前日譚に当たる。
天界を率いる玉帝(チョウ・ユンファ)と魔界の王である牛魔王(アーロン・クォック)の激しい戦いは玉帝の勝利に終わるが、天界は破壊されてしまう。すべてを作る女神によって天界は補修されるものの、そのかけらの一つが人間界に落ち命が宿る。それが孫悟空だった。
花果山で猿の王になって気分良く暮らし始めた孫悟空は天界の須菩提祖師に弟子入りし、東海竜宮で如意棒を強引に譲ってもらう。一方、天界支配を諦めない牛魔王は力をつけた孫悟空を利用することを思い付き、彼の幼なじみである狐と仲間の猿たちを殺し、天界の仕業だとウソを告げる。怒りに燃え天界への復讐を誓う孫悟空。それに乗じようとする牛魔王と魔物たち……。
自らアクション監督を務めた孫悟空役のドニー・イェンを始め、チョウ・ユンファ、アーロン・クォック、ピーター・ホーら中華圏の豪華スターが次々と繰り出す必殺技はSFX(特殊効果)も加わり、華麗にして迫力も十分。とりわけ如意棒を自在に操る孫悟空の武術は舞いを見るがごとく美しい。
西遊記なのでアクションももちろん見せ場の一つとなるが、作品として楽しめるのは天界征服という目的を果たすため牛魔王が孫悟空をだますなど人を駆け引きに利用する場面だ。仲間の猿や愛する狐を殺したのは天界だとウソをつき、怒りに駆られる孫悟空が強大なパワーで南大門を突破すると、それに乗じて魔界の兵士を天界に送り込むことに成功する。まるで現実世界の駆け引きを見ているような感覚にとらわれるが、悪人顏ではない美形のアーロン・クォックやピーター・ホーがほくそ笑む姿を見ていると、そこに正邪の心を併せ持つ人間という存在の複雑さを感じてしまう。
牛魔王にはもうひとつ印象深いセリフがある。最初に玉帝に敗れた際、帝の妹でもある妻の鉄扇公主の命乞いにより火焔山に追放はされるものの命拾いをする牛魔王。その恩を忘れ戦の準備をする夫に鉄扇公主が「戦争と家族、あなたはどちらを選ぶの?」と尋ねるのだ。これを「国家と国民、あなたはどちらを選ぶ?」と置き換えることもできるのではないか。まるで自らの意地と体面をおもんぱかるように戦の準備を「続けろ」と言って突き進む牛魔王の姿は、これまた現実世界のリーダーたちと酷似すると言ったら、うがち過ぎだろうか。
昨年、中国で200億円の興行収入を上げる大ヒットとなった同作品。早くも第2弾の制作が進められている。監督は第1弾と同様、「アクシデント 意外」「モーターウェイ」などを手がけたソイ・チェン。
「モンキー・マジック 孫悟空誕生」は5月16日よりシネマート六本木ほか全国順次公開【紀平重成】
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「モンキー・マジック 孫悟空誕生」の公式サイト
http://www.monkeymagic-movie.info/