第542回「おばあちゃんの夢中恋人」ふたたび

「おばあちゃんの夢中恋人」の一場面。脚本家の奇生(ラン・ジェンロン=右)と美月(アン・シンヤ)は急速に親しくなる (c)FOREVER LOVE © 2013 All Rights Reserved
ちょっとコミカルで、想像力を刺激される題名の付いたこの台湾映画を昨年、別のコラムで紹介したことがある(2014年3月18日、「キネマ随想」)。その年の大阪アジアン映画祭で日本初上映されABC賞に輝いた同作品について、結びにこう書いた。「多くの観客から泣いて笑ってというヒットの条件を満たす反応があり、ぜひとも日本公開を期待したい」と。その夢を本当に正夢に変えてくれたのがエスピーオーである。6月にシネマート六本木の閉館を決めた同社がファンに贈るサヨナラ特別企画の一つ「台湾シネマ・コレクション2015」の中での上映という形だが、今月8日までの期間内に10回も上映されるのだから堂々たる劇場公開と言えるだろう。同作品の一ファンとして心より敬意を表したい。

人気スターの万宝龍(ワン・ボーチエ=右)と奇生に好意を寄せる月鳳(ティエンシン)(c)FOREVER LOVE © 2013 All Rights Reserved
それにしても見所の多い作品だ。とにかく主演の二人がいい。同じカップルによる異なる年代の恋愛(愛情)が交互に描かれるという構成。年老いた夫婦役の二人の演技も味わい深いが、若い時を演じる二人は超が付くほどのイケメンと美女なのである。
年老いた祖父の入院先へ18歳の孫が見舞いに訪れ、映画脚本家の祖父と女優だった祖母とのなれそめを聞き始める。そのロマンスとは……。
時代は60年代。台湾語映画の売れっ子脚本家の奇生(ラン・ジェンロン)は、大スターの万宝龍(ワン・ボーチエ)の熱烈なファンである美月(アン・シンヤ)と知り合う。彼女の明るく無邪気で一途な性格にひかれた奇生は、社長の借金を肩代わりすることを条件に監督を任され、美月を主役に抜擢するが……。

美月に辛く当たる月鳳の次の一手は?(c)FOREVER LOVE © 2013 All Rights Reserved
奇生役のラン・ジェンロンはテレビドラマ「ショコラ」で長澤まさみと共演し日本でも知名度を上げている若手人気俳優。一方のアン・シンヤは 無鉄砲なほど行動力があり、とりわけ好きになった相手はとことん追いかけるという情熱的女性をキュートに演じ、筆者を含む多くのファンをときめかせてしまった。
キャスティングの冴えと並んで感心したのは、事情あって別れ別れになったり、行方不明になった美月を、奇生が若い時だけでなく年老いてからも同じように捜し求め、それが映画の進行ではほぼ同時に起きるという巧みな構成により、二人の運命的な結びつきが強調され、観客の涙腺を大いに刺激するところである。「泣いて笑って」を映画作りの基本に据えている北村豊晴ならではの作品と言えるだろう。

監督も兼任する奇生と相思相愛の美月(c)FOREVER LOVE © 2013 All Rights Reserved
笑わせ所も満載だが、同じ笑うにしても、たとえば新作のオーディションを受けにきた美月が緊張のあまり力を発揮することなく退出するシーンで、審査に同席した奇生が、「彼女の履歴書に書いてある姓をよく見てください」と声をかけ、そこに蒋介石総統と同じ「蒋」の字を見つけた審査員全員が慌てて彼女を合格と書き直すところは、国民党独裁という時代背景をリアルに表していて二重に笑える。
祖父母たちが青春を送った50~60年代の台湾は国共内戦に敗れた国民党が大陸から逃れてきて国語(北京語)を公用語として推し進めようとしていた時代。日本による台湾統治の50年間、日本語教育を受け台湾語と日本語しか話せない世代の楽しみは台湾語映画。“台湾のハリウッド”と呼ばれた台北近郊の北投(ベイトウ)温泉ではさかんに台湾語の映画が作られるという台湾語映画黄金時代だった。本作はその台湾語映画へ捧げるオマージュともいえるだろう。

この愛をいつまでも、と願う二人(c)FOREVER LOVE © 2013 All Rights Reserved
ところで奇生がめでたく美月と再会し幸せな結婚生活を送った後、老境に入って再び美月を捜すことになったのは彼女の認知症のためである。自分の顔も名前も忘れてしまった妻を思い出の場所で見付け、さらには二人だけしか知らない会話を思い出すことで徐々に夫の記憶も取り戻していく。
すべての映画が必ずしもハッピーエンドである必要はないが、できれば認知症の人が出てくる作品は、時にこんな素敵な終わり方があってほしい。それは認知症の進み方が意図的にスピードアップされている作品が多いからである。それでなくとも認知症になったら本人も家族ももうおしまいという誤解が多すぎる。認知症になっても心の持ちようでいくらでも安心して幸せに暮らすことは可能だ。その認知症の実際の姿を脚本の中へ的確に取り入れた北村監督(シャオ・リーショウ監督との共同監督)は単なるラブコメの人とは思えない。
「台湾シネマ・コレクション2015」は5月8日までシネマート六本木で開催【紀平重成】
【関連リンク】
「台湾シネマ・コレクション2015」の公式サイト
http://cinemart.co.jp/theater/special/closing-taiwan/
「キネマ随想」の「おばあちゃんの夢中恋人」紹介欄
https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/kinemazuiso81/details.php?blog_id=18
先週六本木で見てきました。
もっと台湾映画を日本で映画館で見たいところですが、
なかなか商業ベースにはのらないのでしょうね。
こんなパロディを作っている人もいて、
https://www.youtube.com/watch?v=K6dXXqk2GgA