第547回「20歳よ、もう一度」
70歳の女性がある日突然、20歳の姿に若返ってしまうドタバタを描いた韓国映画「怪しい彼女」のリメイク。元作も現実にはあり得ない夢を巧みに織り込みつつ家族愛を描いたハートフルコメディーだったが、本作は基本プロットを踏襲しつつ、より娯楽色を強めたファンタジーに仕上がっている。
それを成功させたのが「101回目のプロポーズ~SAY YES~」ですでにリメイクを経験した台湾出身のレスト・チェン監督だ。「花蓮の夏」で青春映画の傑作を作った同監督。最近は中国に活躍の舞台を移し、本作をはじめ大ヒット作を連発している。成功の秘訣はどこにあるのか?
「もう一度若い時代に戻れたら」。そんな思いをふと抱くことが人にはある。それは体力の衰えを自覚したり、あるいは若さあふれる若者をまぶしく見つめたりする時だ。そんなごく自然な感情を脚本作りの基本にすえているところがヒット要因としてまず挙げることができるだろう。見た目は涙ぐましい努力で現状の維持ができたとしても、さすがに昔の若さには戻せないという暗黙の了解がある。だからこそ、そのあり得ない展開に“共振し”心をときめかせるとはいえないか。
これをベースに、さらに監督は観客の心をくすぐる様々な“お化粧”を施している。その一つは舞台を韓国から中国に移し、中国ならではの事情を細部に至るまで取り入れていることだ。その結果、中国人の琴線に響くような親しみやすい内容になっている。
同居している大学教授の一人息子と男の孫には甘いが、嫁や女の孫には頑固で口うるさいモンジュン(グァ・アーレイ)。自分勝手な彼女へのストレスからとうとう嫁が倒れ、モンジュンを老人ホームに入れることに。意気消沈の彼女は、偶然、街で見かけた写真館で記念写真を撮ると20歳の自分に若返っていることに気付く。最初は驚くモンジュンだったが、家には戻らず、もう一度青春をやり直そうと考え、テレサという名前で歌手を目指し始める。テレサ・テンが好きだったモンジュンにとって歌手になることは夢だったのだ。
「怪しい彼女」ではヒロインの夫はドイツ(西独)への出稼ぎ中に亡くなったことになっているが、本作では身重の彼女を置いて夫は出かけ、後に遺品だけが戻る。届けに来た人の服装からすると夫は兵役中に亡くなったらしい。 その後の文化大革命時代には苦労に苦労を重ね、女手ひとつで息子を大学教授にまで育て上げた彼女に青春はなかった。
その青春を取り戻そうとするかのように、若返った彼女は歌手のオーディションに参加したり、ディスコで踊ったりと若さを堪能する。とはいえ心は70歳の女性。元使用人のリー・ターハイがディスコで若者にケンカを売られると、割って入った彼女は「軍隊経験は?」と問い返し、沈黙する相手に、「野戦部隊英雄砲兵 二等勲功」とリーの所属や勲功を叫び、「ビンを割るその威勢で国を守ってごらん」と啖呵を切るのだ。
今の若者にはできない痛快な言動は確かにカッコいい。この魅力ある20歳のヒロインを「So Young ~過ぎ去りし青春に捧ぐ~」のヤン・ズーシャンが好演。本来の同世代である70代の友人や、30代の音楽プロデューサー(チェン・ボーリン)、20代の孫(ルハン)の3世代の男性から言い寄られるというあり得ない設定も彼女なら信じてもいいと思わせるから不思議だ。
音楽の使い方もうまい。中華圏映画ではしばしば流されるテレサ・テンの「つぐない」や「Seven Lonely Days」のカバー曲「給我一个吻」は中高年世代には懐かしい。またジュリア・ロバーツ主演の「プリティ・ウーマン」の主題曲にもなったロイ・オービソンの大ヒット曲「Oh, Pretty Woman 」まで使われ、アメリカン・ポップスに夢中になった自身の青春時代を思い出すこともできた。
監督には映画の細部にちょっとした仕掛けを施すというサービス精神があるようだ。「怪しい彼女」の巨大広告を劇中の某所に登場させたり、ビートルズおなじみのカットをヒロインたちに真似をさせたりと、分かる人にはニヤリとさせるカットが散見する。これは観客にだけでなく、実は自分自身も楽しませるための小道具なのかもしれない。
サービスと言えば、韓国と中国で活躍する男性グループ「EXO(エクソ)」の元メンバー、ルハンが、モンジュンの孫でプロのバンドマンを目指す青年役で出演。エンディング・ロールが始まると彼のサービスカットも登場するので、ルハンのファンには急いで立ち上がらないようにと伝えておきたい。
韓国版と中国版。甲乙は付け難いが、おしゃれで、泣かせて、サービス精神もタップリというレスト・チェン版の方にボーナス評価を与えたい。
「20歳よ、もう一度」は、6月12日よりTOHOシネマズ新宿で先行公開、19日より全国公開【紀平重成】
【関連リンク】
「20歳よ、もう一度」の公式サイト
http://20again-movie.jp/