第554回「愛するがゆえに」

「愛するがゆえに」のチラシ (C) T series Ltd.
落ち目の元人気ミュージシャンが偶然、才能豊かな美しい歌姫を見付け恋に落ちる。やがて、男は自身が発掘したスター歌手の人気に嫉妬し酒におぼれる。一方、女性は愛する男を助けるか仕事を取るかで苦悶する。
どこかで見たようなお話。それなのに観客の心をぐいぐいと引っ張っていくのは、主人公の心情を見事に歌い上げる曲が随所に挿入されているからであろう。また、追い込まれていく二人の感情を極限まで高めていく演出の妙、さらにそういった感情を自然に表現できる演技力と美形を兼ね備えた男女俳優陣の面々。これで感動を呼ばないはずはない。今のインド映画の勢いといってもいいかも知れない。

ラフル(アーディティヤ・ローイ・カプール)とアロヒ(シュラッダー・カプール)は急速に親しくなる (C) T series Ltd.
人気歌手のラフル(アーディティヤ・ローイ・カプール)は歌うことへの情熱を失いアルコールに溺れていた。あるコンサートでは暴力沙汰を起こし、会場から逃げ出してしまった。その時、バーで歌う歌手志望のアロヒ(シュラッダー・カプール)と出会う。彼女の歌声に底知れない才能を見い出し、プロデュースを申し込む。アロヒはラフルの唐突な申し出を怪しむが、彼の情熱にほだされ新進歌手として活動し始める。彼女の才能はすぐに花開き、音楽祭の新人賞を獲得してスターへの階段を駆け上がって行く。同時に2人の間には愛が芽生える。

酒におぼれたラフルは以前のような声が出ない (C) T series Ltd.
一方、ラフル自身も音楽活動を再開しようとするが、酒におぼれた彼に昔の声はもう出せなかった。彼女の成功を祝福しつつも、二人の間にはいつしか隙間風が吹き始める。そんなラフルを励まそうとアロヒは懸命に支えるが、彼女の好意を逆に疎ましく感じるラフルは自暴自棄に陥っていく。
スターと下積みという力関係の違う者同士の恋愛が、やがて立場が逆転することでギクシャクしていくというというお話は、映画やドラマでは好んで描かれるテーマだ。なぜなら人生の浮き沈みは避けられないことで、まして立場が真逆になれば、ドラマ性はいよいよ増し、様々な感情が渦巻くだろうと見る側も期待するからである。人の成功物語は参考にはなっても感情までは揺すぶられない。一方、人の不幸は密かに味わう蜜の味なのかもしれない。

バーで歌うアロヒの声が観客を魅了する (C) T series Ltd.
ただし、この作品では主人公の男女2人の性格の違いをきっちり描き分けている。自分勝手なラフルと相手に尽くすアロヒという風に。実際、ラフルはアロヒに出会って、「自分に欠けているものに気が付かされた」と彼女を称えているのである。欠けているのは自分を犠牲にしてでも相手を助けたいという利他の気持ちだ。あるいは相手の心を信じようという純真さ。ラフルにも相手を思いやろうという言動がないわけではない。しかし、彼女の「あなたのためならどんな困難も受け入れよう」という深い愛には到底及ばないのだ。

二人の愛は固く真剣だが…… (C) T series Ltd.
だからこそアロヒが、憧れだった歌手という仕事か、彼かという選択で悩んだように、ラフルも彼女の仕事の成功か、それとも自分を支えてほしいかという選択で苦しむものの、酒に逃げて、いよいよ追いつめられていく。彼女の大きな愛を受け止められなかったのである。
ありがちなテーマなのに、それでも心をかきむしる展開に安心し、心のひだの奥まで染み入るような曲にうっとりする。そして美男美女の喜怒哀楽に揺れる姿を存分に堪能する。上映時間140分は至福という言葉がぴったりの濃密な時間で、あっという間に終わってしまうだろう。
ラフルがアロヒを安いホテルに迎えに行くシーンは、リチャード・ギア扮する実業家がジュリア・ロバーツ演じる女性を迎えに行く「プリティ・ウーマン」のワンカットと似ているのはご愛嬌か。モーヒト・ス-リー監督。
「愛するがゆえに」は8月15日より渋谷シネクイント、9月12日よりキネカ大森で公開【紀平重成】
【関連リンク】
「愛するがゆえに」の公式サイト
http://goo.gl/fAonJ0