第557回「天空の蜂」

協力し合い反発もするヘリの設計士・湯原(江口洋介=右)と原発の設計士・三島(本木雅弘) (C)2015「天空の蜂」製作委員会
こんなテロ事件を予測する人がいただろうか。原子力発電所の上空に最新鋭の巨大ヘリコプターを静止させ、日本のすべての原発廃棄を要求。応じなければ爆発物を積んだヘリを墜落させるという悪夢のような脅しだ。もちろん、2001年の9・11米同時多発テロと11年3月11日の東日本大震災による東京電力福島第一原発事故の双方を知っている今を生きる人々、とりわけ日本人は、想定外とされる大惨事ですらも実際に起きてしまうということを学んでしまった。この映画の原作を書いた東野圭吾が優れているのは、今だからこそ現実味を帯びて考えられるこの最悪のシナリオを20年も前に発表しているところにある。

混乱する対策本部でも二人の対立は繰り返される (C)2015「天空の蜂」製作委員会
1995年8月8日、自衛隊に納入予定の巨大ヘリコプター「ビッグB」が突然動き出す。遠隔操作によるハイジャック。福井県にある原発「新陽」の800m上空にヘリを静止させた犯人は「天空の蜂」と名乗り、国内にあるすべての原発を廃棄するよう求める。これを拒否すれば爆発物を載せた「ビックB」を原発の上に墜落させると言うのだ。
燃料がなくなるまで8時間。放射能漏れが起きれば日本の大半は長期にわたり見捨てざる得なくなるかもしれないという指摘に衝撃が走る。「ビッグB」を開発した設計士の湯原(江口洋介)と原発の設計士・三島(本木雅弘)、さらに電力会社や警察も巻き込み、日本消滅を阻止するための闘いが始まる。

ラジコン操縦がプロ級の雑賀(綾野剛=左)が容疑者として浮かび上がる (C)2015「天空の蜂」製作委員会
この「ビッグB」には開発者である湯原の小学生の息子高彦が誤って乗っていた。彼を救出するため高度800mで静止しているヘリに別のヘリが近づき、銃で打ち込んだロープを伝って自衛隊員が迫る。その時風にあおられて少年が……。こんなサーカス級の救出劇を含め次々と困難が押し寄せるサスペンス・アクション大作だ。
「映画化など絶対に不可能」と原作者の東野圭吾自身が考えていた作品を手掛けたのは「20世紀少年」シリーズなどの娯楽作品から「明日の記憶」などの社会派作品までメガホンをとり続ける堤幸彦監督。それを可能にしたのは1000カットを超えるCGの活用だった。確かに20年前だったら不可能なリアル映像が観客をぐいぐいと映画の中に引きずり込んでいく。

新たな共犯者の女性(仲間由紀恵)も浮上 (C)2015「天空の蜂」製作委員会
もう一つは想像上の出来事だと多くの人が信じ込んでいた“想定外”の事態が次々と目の前に現出するという現代社会の劇場化だ。原発事故、民間機をハイジャックしての同時多発テロ、巨大地震、巨大台風、新型インフルエンザの流行……。
今われわれは映画を見て、「こんなのあり得ない」と一笑に付すことはできない時代を生きている。現実が映画や小説を追っている、あるいは追い付き始めていると言えようか。
振り返って見れば、わが国は人類史上最初の被爆国であり、水爆実験に日本のマグロ漁船が巻き込まれ、さらに福島の原発事故を前に手をこまねいている。ヒロシマ、ナガサキ、ビキニ、フクイチ。ここまで経験しているこの日本で、さらに原発テロまで現実になってはいけない。核に翻弄され続ける日本だからこそ現実に追い付かれてほしくはないのだ。
逆に言えば、そんな日本だからこそ、あってはいけない姿を小説や映画は我々の前に見せ“警告”しているのかもしれない。

決死の覚悟で湯原がヘリに乗り込む (C)2015「天空の蜂」製作委員会
同じ松竹の「日本のいちばん長い日」(原田眞人監督)が日本の歴史に迫る作品とすれば、本作は日本の未来に迫る作品と言えるだろう。
映画化は困難と見られた理由には賛否の分かれる原発問題がある。現在の安倍政権は原発をベースロード電源と位置付け、2030年の原発比率を20~22%として引き続き原発を維持する考えだ。その前提となる九州電力川内原発の再稼働について各新聞社の世論調査では圧倒的に「反対」が「賛成」を上回っている。
映画ではテロの犯人が原発廃棄を求め、従わなければ原発の上に巨大ヘリを落とすという二者択一の脅しをかける。テロに屈しての原発ゼロか、国策は変えずに重大事故を防ぐ手立てがないかどうかのギリギリの模索が描かれる。その映画的快楽を認めつつ、原発問題のこれ以上の店ざらしは許されない段階に入っているという現実感覚を揺す振られるのだ。この問題に無関心であってはいけない。
脚本作りからロケや編集まで、多くの人の協力で作られた力作である。
「天空の蜂」は9月12日より全国公開【紀平重成】
【関連リンク】
「天空の蜂」の公式サイト
http://tenkunohachi.jp/