第563回「光のノスタルジア」 「真珠のボタン」

チリ北部のアタカマ砂漠を歩く人影。行方不明の肉親の捜索だろうか (c) Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
この二つの作品は先住民族と政治犯の大虐殺というチリの暗部を描いたパトリシオ・グスマン監督による二部作だ。チリを代表するドキュメンタリー作家が 「星の視座」ともいうべき巨視的な眼差しを得て浮かび上がらせた人類の歩みは、許しがたい蛮行もあれば希望に満ちた営みも混じる。息をのむような映像美とともに悠久の歴史を体感することができるだろう。

ピノチェト政権下で両親を失ったバレンティナ・ロドリゲスは祖父母から天体観測を教わる (c) Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
チリと言えば南米大陸の太平洋側に位置し、4300キロを超える海岸線を持つベルト状の特異な形で知られる。日本同様の地震国で、チリ地震による大津波はたびたび我が国を襲っている。銅や養殖サーモン、ワインの輸出が好調で、最近では閣僚会合で合意した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の参加国として名を連ねている。

肉親を失った女性たちは天体観測で何を見つけるだろうか (c) Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
アンデス山脈と海岸山脈にはさまれ世界有数の乾燥したアタカマ砂漠を舞台にしているのが「光のノスタルジア」(2010年)だ。大気の揺らぎや湿気を避けたい天文学者たちがチリ北部の高地に集い、日米欧共同プロジェクトとして標高5000メートルのアルマ山頂に66台のパラボラアンテナを設置している。同じ時刻、同じ方向へすべてのアンテナが一斉に回り出す姿はまるで儀式のようで荘厳だ。

アタカマ砂漠のアルマに並ぶパラボラアンテナ (c) Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
生命の起源を求めて天文学者が何億光年も先の宇宙を探す一方で、同じ砂漠でピノチェト独裁政権時代の圧政により行方不明になった肉親の遺骨を捜し求め砂を掘り返す女性たちがいる。他にも考古学の対象となりそうな古代人のミイラや廃坑となった銅鉱山の道具、機関車まで埋まっている。人が住むには厳しいこの荒涼とした砂漠の気の遠くなるような時の歩みを満天の星が無言で見つめる。

空気が乾燥しているので美しい銀河は保証付き? (c) Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
元強制収容所に収容されていた建築家のミゲル・ローナーは自分の歩幅で所内の広さを測りそれを記憶して亡命後に正確なイラストを描いて出版した。「記憶することは生きがいだった」「すべてのチリ人に、そんなものがあったなんて知らなかったと決して言わさないために」
人はこの地で星を見上げ、失われたかに見える無数の記憶の痕跡を探し集めているのかもしれない。

パタゴニアの美しい海が広がる (C) Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema – 2015
一方、チリ南部の入り組んだフィヨルドが続く西パタゴニアが舞台の「真珠のボタン」(2015年)は海と共に暮らしてきた先住民族の美しくも悲しい物語だ。
セルクナム族の人たちは、かつて裸の体に白い○印やラグビーのジャージーを思わせる横線等を描く風習があった。それは一体なぜ? 詩人のラウル・ズリタは「宇宙に自分を近づけるため」という仮説を立てる。星は祖先の魂で自分も死後に星になるという信仰があったからである。

真珠のボタンにはどんな記憶が込められているのだろうか (C) Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema – 2015
少数民族のカウェスカル族の最後の末裔といわれるガブリエル・パテリトは船の漕ぎ方と海の潜り方を6歳の時に習った。家族と共に小さなカヌーで数百マイルを旅したこともあったという。今でも彼女は自分をチリ人ではなくカウェスカル族と見ている。

少数民族最後の末裔といわれるガブリエラ・パテリト (C) Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema – 2015
彼らは宇宙と海に価値を置いていた。星と交信し海と共生していたのである。そこへ乗り込んできたのがヨーロッパの白人たちだった。入植者たちは暴力で、あるいは貨幣でインディオたちを追い詰め行く。18世紀に8000人が暮らしていたこの地の住人は20人に激減している。
タイトルの「真珠のボタン」は、19世紀前半、イギリスの船がパタゴニアから先住民を連れ出し、母国で西洋式の暮らしを身に着けさせた際、その代金として家族に真珠のボタンを渡したという故事から付けられたようだ。青年は帰国後、洋服を脱ぎ捨て元の生活に戻ったという。

ボディ・ペインティングが独特のセルクナム族の男 (C) Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema – 2015
このタイトルには別の要素も含まれる。ピノチェト独裁政権下で拉致され行方不明になったアジェンデ政権の大臣や支持者ら1400人が海に捨てられたという説がある。実際海からは重石代わりに乗せられたさびたレールが見つかり、そこに真珠のボタンが張り付いていた。映像は証拠となるボタンをしっかりとらえる。二つの歴史的蛮行を思い起こさせるのがタイトルに使われた真珠のボタンなのである。
グスマン監督は希望も捨てていない。砂漠で下に人体が埋まっているかどうか見分ける方法を考古学者が女性たちに教えたり、自分の体験を伝えようという元政治犯がいる。先住民族の生き方からヒントを得ようとする人たちもいる。二つの作品は愚行を繰り返す人類に警告を発しつつ、それを乗り越えようとする人たちに期待を寄せているように見える。
ホウ・シャオシェン監督の「黒衣の刺客」とはまた別の圧倒的な映像もお楽しみいただきたい。
「光のノスタルジア」 「真珠のボタン」は10月10日より岩波ホールほか全国順次公開。「真珠のボタン」は山形国際ドキュメンタリー映画祭の今年度のコンペ作品。【紀平重成】
【関連リンク】
「光のノスタルジア」 「真珠のボタン」の公式サイト
http://www.uplink.co.jp/nostalgiabutton/
「山形国際ドキュメンタリー映画祭」の公式サイト
http://www.yidff.jp/home.html