第565回「ハッピーエンドの選び方」

いつもみんなの幸せにつながるマシーンを作っているヨヘスケル(ゼーブ・リバシュ) (C) 2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION.
金持ちだろうと、いや貧乏人であろうとも、人生の最期は自分で選びたいという素朴な願いをある意味実現した女性の物語。その手段は実に重いが、全編を通じてユーモアに満ち溢れ感動的な作品に仕上がった。
妻と老人ホームで暮らすヨヘスケル(ゼーブ・リバシュ)は、病気の友人のために声を変えるマシーンで電話をかけ、神さまに成りすまして生きる希望を分け与えるなど、みんなの生活をちょっぴり楽にする珍妙な道具を次々と作っている。
ある日、末期の病で入院する友人が延命治療に苦しんでいる様子を見てショックを受けたヨヘスケルは、その友人と妻から「もう楽になりたい」「夫を苦しみから解放してほしい」と懇願される。そこで作ったのは、病人が自らスイッチを押し苦しむことなく最期を迎えることができる安楽死装置。ヨヘスケルを含む5人の友人たちが見守る中、依頼主の本人は静かにスイッチを押し……。

ヨヘスケル(右)と妻のレバーナ(レバーナ・フィンケルシュタイン)は深い愛で結ばれている (C) 2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION.
事が事だけに情報は5人の仲間内だけに留めたはずが、噂がたちまち広がり安楽死を望む人からの依頼が押し寄せる。その応対にてんやわんやの騒ぎの中、愛妻のレバーナ(レバーナ・フィンケルシュタイン)に認知症を疑わせる症状が出始め、ヨヘスケル自身が、妻との暮らしや、その先の死を意識せざるを得ない状況に追い込まれていく。

夫と親友に囲まれてレバーナは心安らかだ (C) 2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION.
感心したのは認知症の描き方がごく自然なこと。妻の病気をなかなか認めようとしないヨヘスケルの姿はまさに我々自身を投影しているように見えるし、妻のレバーナが孫娘とクッキーを作っていてしょっぱい味に孫がしかめっ面をする様子や、帰宅した妻がおしゃべりしながらバッグを迷うことなく冷蔵庫に入れるのを見て夫が驚く場面など、まさにこの病気によく見られる症状が次々と描かれる。
映画ではさらに下着のまま食堂に現れ。先に行っていたヨヘスケルが大あわてで自分の服を着せかけるショッキングな場面も出てくる。彼女がため息とともにはき出す「私は消えかかっている」「毎日何かが失われている」などの言葉と共に、認知症の厳しい現実を正面から描いている。

温室から漏れる光に誘われて二人が見たものは……。 (C) 2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION.
ただ、この作品が優れているのは、マイナス面ばかりを強調するのではなく、人を愛したり感動する心が認知症になっても残っていることをキチンと伝えていることだろう。レバーナは徐々に認知症が進行し自身が崩れていくような不安と戦いながらも、なお愛する夫のために自分らしい生き方を模索する。その強く凛とした美しさを保つ女性をレバーナ・フィンケルシュタインが見事に演じ、夫役のゼーブ・リバシュも時にコミカルに演じて場面を前進させるリズムを作り出した。

ヨヘスケル夫妻(両脇)と愉快で“あぶない”親友たち (C) 2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION.
重いテーマを扱いながら随所に笑う場面を散りばめたシャロン・マイモン&タル・グラニット両監督の手腕も素晴らしい。お別れの記念写真を撮る際に「私はこちらの角度から撮った方がいいの」とカメラの位置を注文する女性や、ヨヘスケル演じる神さまに電話して「天国に空きはできたかしら」と尋ねる女性の姿にも思わず笑わってしまう。「コミカルな要素をいれることによって、単に感情的でシリアスなドラマになることを避けるようにしています」と両監督も語っている。
映画はイスラエルのエルサレムにある老人ホームが舞台。日本から見るとホテルのように豪華な施設だが、気になったのは認知症になると規則で出て行かなくてはいけないように描かれていること。また認知症に対応する施設を見学したレバーナが利用者が無表情な人ばかりで触れ合いのない様子に、ここは私には合わないとショックを受ける場面も出てくる。お金があっても自分の思い通りにならない介護システムは、アメリカのような強者優先、弱者切り捨ての発想では進まない現状を浮き彫りにしていると言えようか。
「ハッピーエンドの選び方」は28日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「ハッピーエンドの選び方」の公式サイト
http://happyend.asmik-ace.co.jp/
「ハッピーエンドの選び方」の予告編
https://www.youtube.com/watch?v=6wtwiOsu__Q