第567回 「リザとキツネと恋する死者たち」
日本の映画や小説にゾッコンのハンガリー人監督によるホラー風味のロマンチックファンタジー。文化的な垣根を持たない監督による長編第1作は全編日本語があふれレトロな昭和の歌謡曲が流れる中、次々に人が死ぬという摩訶不思議世界を描く。あり得ない話? いや近未来を予言しているのかも。
ハンガリーでやり手のCMディレクターであるウッイ・メーサーロシュ・カーロイ監督がこの企画を思い立ったのは、もともと大好きな日本を訪れた際、栃木県の那須に伝わる「九尾の狐」伝説に出合ったことから。キツネの化身である美しい女性と恋をする男が次々に死んでいくというお話に監督がインスパイアされて書いた脚本は、舞台を1970年代のブダペストに移し展開していく。
ちょっと奥手で素敵な恋を夢見るリザ(モーニカ・バルシャイ)は元日本大使未亡人の看護師として働いていた。住み込みで自由な時間の無いリザの心を癒してくれるのは日本の恋愛小説と彼女だけしか見ることができない幽霊の日本人歌手トミー谷(デヴィッド・サクライ)。彼の歌う昭和の歌謡曲に似たヘンテコな歌を聞くだけで元気が出るのだった。
30歳の誕生日を迎えたある日、リザは2時間だけ外出することを願い出る。憧れの「メック・バーガー」でバーガーにかぶりつき、語りあうカップルに仲睦まじい愛を想像する。さらにその一人が持っていた雑誌「COSMOPOLITAN」を見て、まねをして売店で買い求める。
幸せな気分に浸り家に戻った彼女を待ち受けていたのは留守中に未亡人がベッドから落ちて死に、自分が警察から疑いの目を向けられるというピンチだった。刑事のゾルタン(サボルチ・ベデ=ファゼカシュ)が下宿人を装い屋敷に移り住んで来ると、それがきっかけのように彼女に近づく男が次々に不審死を遂げ、ゾルタン刑事にまで魔手が伸びて……。
Jポップが大好きという監督は日本で買い求めたCDやYou Tubeで見つけた歌謡曲を基にオリジナルの曲を次々に作りあげた。一度聞けば何度もリフレインするメロディと、ついステップを踏んでしまいそうな軽快なリズム、そしてレトロな日本語の歌詞は間違いなく映画を日本色で染め上げている。それだけでなく扇子などのグッズを始め、刑事が襲われて怪我するたびに白い包帯に真っ赤な血痕がにじみ出て“日の丸”が浮かび上がるのだ。監督の日本愛と言おうか、こだわりは相当なものである。
だが、この監督、日本への盲愛だけではない。1色よりは2色、2色よりは3色というように多面的な物差しを好むようだ。舞台がハンガリーの首都ブダペストなのに日本的なものを取り入れたり、トミー谷役に日本人の父とデンマーク人の母を持つデヴィッド・サクライをキャスティングしている。
実は70年代のハンガリーにはファストフードのハンバーガーや雑誌「COSMOPOLITAN」は販売されていなかったという。リザが憧れた西側世界は当時の社会主義政権下の人々にとっては必要以上に純化されていたというべきで、実際に洗脳されていたことを自覚する監督は一面的なモノの見方の危険性をメッセージとして作品に込めたという。
世界3大ファンタスティック映画祭のポルト国際映画祭でグランプリ、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭で審査員&観客賞を受賞。日本では今春の大阪アジアン映画祭などで「牝狐リザ」のタイトルで正式上映されている。
着物を着て顔におしろいを施したリザ役のモーニカ・バルシャイが妖しいほどに美しく、確かにキツネの化身かと思わせる雰囲気を漂わせている。
「リザとキツネと恋する死者たち」は12月19日より新宿シネマカリテほか順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「リザとキツネと恋する死者たち」の公式サイト
http://www.liza-koi.com/