第574回 「15年私のアジア映画ベストワン」(1)

「黒衣の刺客」
「銀幕閑話」恒例の新春企画「私のアジア映画ベストワン」を2回に分けて発表します。11回目の今回は例年とは逆に皆さんからベストワンに挙げていただいた作品のうち投票数の多かった順に、つまりベストワン中のベストワン作品からいきなりご紹介いたします。その輝く第1位は「黒衣の刺客」(ホウ・ シャオシェン監督)です!
「中国10億人の日本映画熱愛史」(集英社新書)の著書があり、近く高倉健関係の著書の上梓を予定している東京大学大学院学術研究員の劉文兵さんは「絢爛(けんらん)たる唐の時代を舞台としながら、簡素を尊ぶ宋の時代を想起させる品格ある美術、そして風や帷幕(いばく)によって演出された開放的な映画空間は、古き良き中国を堪能させてくれた」と賛辞を送ります。
ブログ「こ~んなまいにち」のgraceさんも「これぞ映画と思わせる圧倒的な映像美と最小限のセリフと物語で、奥深いドラマを紡ぎ出しています。スー・チーとチャン・チェンの素晴らしさはいうまでもないでしょう。監督にはあのコンビでまだまだ映画を作り続けていただきたいと強く思いました。わずかの上映館数と短期間の公開のため何回も通うことはできませんでしたが、旅先の福岡では映画祭の合間を縫って見ました(笑)。2015年のアジア映画はこの作品を抜きにして語れません」と熱く語ります。
筆者も同作品を推します。「山水画を見るがごとく美しく奥行きがあり、対比される人間社会のあまりの小ささをも浮き彫りにしてしまうホウ監督の最高傑作。一瞬のうちに勝負が決まる剣の立ち回りは簡潔で美しく究極の武侠映画と言えるでしょう」。私も何度も見たい作品です。

「百日草」
2位もトム・リン監督の「百日草」と台湾の監督が続きます。吉井さんは「監督の亡き奥様への想いが感じられました。自分の感情に浸ってそれをただぶちまけるのではなく、一歩引いたところから見て表現しているところがすごいなと思いました。一時かなり落ち込んでいたトム・リン監督、復活してよかったです」と敬意と気遣いを見せます。
岩手県在住でブログ“funkin’for HONGKONG”を開設しているもとはしさんも「2012年
の大阪アジアン映画祭で『星空』を見てトム・リン監督を知り、昨春シネマートで『九月に降る風』を見て改めて好きになった監督ですが、同じ12年に奥様を亡くされていたと知って驚きました。監督自身のそんなパーソナルな悲しみもあったのでしょうが、愛するものを亡くした2人の主人公の悲しみとの向き合い方の丁寧な描写には心を揺り動かされました。ここ数年の台湾映画は高校生の青春映画が印象的でしたが、そこから一歩上がった世代の物語で、それでいて共感を持てたのもよかったです」と分析しています。

「激戦 ハート・オブ・ファイト」
3位には香港のダンテ・ラム監督「激戦 ハート・オブ・ファイト」が入りました。サイト「東亜電影速報」を主宰する坂口英明さんからご紹介しましょう。「今年のベストは、文句なしに面白かったこの作品。ニック・チョンのすごさを実感しました」。Lucaさんも「それぞれ絶望の中から立ち上がってゆく様が見事で、友情はあっても恋愛には発展しないという描き方にも好感が持てる。なによりも、格闘技どころか半裸の男の戦いですら見るのも嫌だったのに、ヒマさえあれば映画館に通うほど夢中になってしまった……そんな素晴らしい作品です」とコメントにも力が入っています。

「酔生夢死」
そして4位は再び台湾映画でチャン・ツォーチ監督の「酔生夢死」。xiaogangさんは「台湾公開時に現地で見て気に入り、日本語字幕つきを見るためインドから一時帰国したほどです。醜かったり矛盾したりする感情や、折にふれて思い出される過去の痛みといったものが、山の斜面の複雑な構造の家、赤い橋の架かる川といったすばらしいロケーションを効果的に使ってナマナマしく描かれています。また、『ブエノスアイレス』や『トム・アット・ザ・ファーム』を彷彿させる男性ふたりのダンス、母親と息子とのダンスが印象的で、“ダンスシーンのある映画は傑作”という持論を裏づけてくれました」。
xiaogangさんはインド在住なので2015年公開のインド映画ベストワンもうかがいましょう。「日本でもIFFJで上映された『復讐の町(Badlapur)』です。犯罪で家族を奪われた主人公の喪失感や憎しみを濃縮し、強化していったとしか思われない、Badlapurという町のどんよりした空気感と、最後この町を出られないままに終わるのが印象的な、ありがちな復讐ものとは一線を画す映画です」

「カンフー・ジャングル」
5位は香港・中国合作の「カンフー・ジャングル」です。 KEIさんは「カンフーとは何か?という問いと同時に、過去のカンフー映画へのリスペクト溢れる作品。ワン・バオチャンが、ここまで素晴らしいアクションスターであったのかという驚きと共に、エンドクレジットは涙なくしては見られません」と、これも熱いコメントです。
これで上位5作品は台湾系3本、香港系2本という構成となりました。韓国やインド映画はいったいどうしたのでしょうか。ご安心ください。まず6位にようやく韓国映画の「ベテラン」がランクイン。映画評論家の中川洋吉さん。「芸術的作品ではありませんが、韓国独特のえげつない、コテコテの娯楽性にしびれました」とユニークな感想です。
続く7位も韓国映画の「国際市場で逢いましょう」です。柴沼さんが高く評価します。「朝鮮戦争から現代に至る韓国の激動の時代を、名もない庶民にスポットをあてて振り返る大河ドラマ。少年時の難民生活から経済成長まで、中身の濃い話をわずか120分強に収めたユン・ジェギュン監督の手腕には驚嘆します。主役のファン・ジョンミンの演技には言うことがありません。また、アメリカでも活躍しているキム・ユンジンがおばちゃんになりきっているのも驚き。『シュリ』の美人スナイパーもあれから20年近くたちますものねえ。オ・ダルスが相変わらずのひょうひょうとした演技を見せています。また、東方神起のユンホが、1970年代の韓国のトップスター、ナム・ジン役で印象的な演技を見せました。笑って、泣いて、感動してまさにエンタメ映画のお手本でした」
8位以下は順不同でご紹介します。
インド公開からそれほど間をおかずに日本での映画祭上映が実現した「ピクー」を挙げるせんきちさん。「インドのハートフル父娘映
画。頑固で偏屈な老父に手を焼きながらも、父を残して結婚することなど考えられないヒロイン・ピクー。老いた親とどう向き合うかは、超高齢化社会を生きる日本でより一層切実な問題ではないかと思いました。終盤、父を見送った後にピクーが口にする“あの父の娘だから”という台詞に、父に対する深い愛情と誇りが透けて見えます。アミターブ・バッチャン、イルファーン、ディーピカー・パードゥコーン、三者の演技も見ものと言えましょう」
同じインド映画でも「pk」イチオシのえどがわわたるさん。「5月に台北の劇場で見ました。地球へやって来た異星人という、一歩間違えればベタなコメディーになりかねないキャラクターをアーミル・カーンが見事に演じています。宗教と神を題材に取り扱ったインド作品は、過去にも『OMG Oh My God!』がありますが、本作では新興宗教を取り扱うことで、“宗教の成り立ち”についても触れています。そして、娯楽映画として見事に成立させている点に感心しました。早く日本語字幕で見たいです。ダンスシーンの歌詞も重要なので、字幕化を切望します!」 (続く)