第578回「不屈の男 アンブロークン」

「不屈の男 アンブロークン」の一場面。渡辺伍長(手前)を目を見つめるルイ・ザンペリーニ(ジャック・オコンネル) (C)2014 UNIVERSAL STUDIOS
実話を元にしたアンジェリーナ・ジョリーの2本目の監督作品である。ベルリン・オリンピックの陸上競技で活躍したアメリカの期待の星が第2次世界大戦中に日本軍の捕虜と
なり虐待に耐えて生還した壮烈なドラマだ。戦争の非人間性と、それでも人はその加害者を赦(ゆる)すことができるのかを問いかける深遠な作りになっている。
兄から走る能力を見出され、耐えることを学んだルイ・ザンペリーニ(ジャック・オコンネル)は1936年、ベルリン・オリンピックの5000メートル走競技を驚異的なタ
イムで走り抜けた。4年後のさらなる活躍が期待されたが、東京オリンピックは中止。その後、第二次世界大戦で空軍パイロットとなるものの、乗っていた爆撃機が海に不時着し
、仲間の兵士とともに47日間も漂流して生死の境目をさまよう。

ベルリン・オリンピックに出場するザンペリーニ (C)2014 UNIVERSAL STUDIOS
幸い生き延びたが、発見した日本軍の捕虜となり、収容所を転々とすることに。運命のいたずらで、憧れていた東京に行くことはできたが、大観衆のどよめきがとどろく競技場
とは程遠い収容所で怒声ばかりを浴び続ける。しかも、彼に対して偏執狂とも言える渡辺伍長(MIYAVI)の残忍な虐待にさらされ続け、ザンペリーニの不屈の精神も崩れ去
るかに見えたが……。

執拗にザンペリーニ(手前)を虐待しようとする渡辺伍長 (C)2014 UNIVERSAL STUDIOS
時に目を覆いたくなるような虐待シーンもあるが、爆撃機のアメリカ兵による日本人蔑視の言動や、1945年、米軍による東京大空襲に見舞われた首都の焼け野原の惨状をリ
アルに映し出す映像は公平で、一方的に日本を断じているとは思えない。むしろ人を狂気に駆り立てるのが戦争だという視点を強く感じるのだ。
肉体だけでなく精神をも疲弊させる執拗な虐待をなぜ渡辺伍長は繰り返すのか。身内に米軍による被害者がいたのか。人種的な差別意識があるのか。その説明はなされていない
が、捕虜が解放される歓喜の渦の中、ザンペリーニは渡辺伍長の部屋で父親と一緒に納まる彼の写真を見出す。

爆撃機が不時着し漂流するザンペリーニと他の米兵 (C)2014 UNIVERSAL STUDIOS
戦争が終われば、たとえ戦犯に処せられても家に戻って家族と暮らす普通の生活は可能なのだろうか。そもそも憎悪という人間の悪の面をむき出しにするのが戦争である。だと
すれば、家では良き父親で、あるいは息子でもあった渡辺伍長こそ戦争の被害者と言っていいのか。問いはぐるぐると頭の中を駆け巡る。
この厄介な問いを眼前にして、立ち込める重たい気分を多少なりとも解消するのが、長野冬季五輪に聖火ランナーとして参加した実際のザンペリーニ自身の映像だろう。終始に
こやかに走る彼の姿からは、戦後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)という心理面のトラウマを乗り越えようやく手にしたのであろう安堵感を感じることができる。

ザンペリーニは仲間を励ますが…… (C)2014 UNIVERSAL STUDIOS
中東の内戦、ヨーロッパからアジアへと広がるテロの脅威。そこでも「加害と赦し」というテーマは、戦火の拡大に終止符を打ち、究極の平和を願う人々の大事な拠り所だ。走
ることで「忍耐」を教えられたザンペリーニが、戦時下の漂流や虐待に耐えることで手にした「不屈の男」の勲章を、加害者を「赦す」ことでさらに大きく花開かせたと考えるの
はきれいごと過ぎるだろうか。
「不屈の男 アンブロークン」は2月6日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。
【関連リンク】
「不屈の男 アンブロークン」の公式サイト
http://unbroken-movie.com/