第583回「欠けてる一族」のジャン・フォンホン監督に聞く

ジャン・フォンホン監督(2016年3月6日、大阪市のシネリーブル梅田で筆者写す)
大阪アジアン映画祭は毎回コンペとは別に特集企画が何本も組まれているのがうれしい。例えば今回の「台湾:電影ルネッサンス2016」はタイプの異なる6本が勢ぞろいし、台湾映画の活況ぶりを示した。その1本、「欠けてる一族」のジャン・フォンホン監督に聞いた。
同作品はストレスの多い現代人の心の回復を考える上で一服の清涼剤になるような作品。質問されると5秒間硬直してしまうという青年が、自分の“病気”を治すためヒッチハイクの旅に出る。そこで様々な人に出会い、いつの間にか欠けてしまった自分の心を見つけようする青春ドラマだ。
--作品を拝見すると「心の癒し」がテーマと思いましたが、台湾はそれを必要とする人が多いのでしょうか?
「どこの国でも同じだと思います。台湾もどんどん産業が発達しているので、本来人間として持っていた楽しい部分や美しい部分を忘れてしまい、何か欠けていると思います」
--どういう風に映画で表現したら解決策が見つかると思いましたか。
「この作品で何かを解決できると、そんな偉そうな思いはないですが、この映画を見て一人ひとりが癒しのとっかかりを見つけてくれたらと思っています」
--温かい気持ちが湧き出てくる、そういう作品だと思いました。
「台湾でこの映画が公開されてから『失った心の一部を探す』というイベントをやりました。親に対して“親孝行じゃなかった”という人、“これまでいろんなことをやったけど勇気が足りなかった”という人、“勉強にも今一歩踏み出せなかった”という人。そういう人たちが自分の気持ちを出し、もう一度自分を取り戻すというイベントをやりました。まあ、映画宣伝の一環としてですけどね」
--でも珍しいですね。そういうイベントを公開と同時にやるというのは。
「反応がとても良かったので、映画を見ていただいたあとにこのイベントを企画しました。若い人から年配の人まで、たくさんの人が参加し、感想をホームページに寄せてもらいました。“あなたはどこが欠けていますか”と。それをみんなでシェアしました」
--それは「なんとか現象」みたいな社会現象のイメージでしょうか。
「ブームというより、一人ひとりがじっくり自分の心と向き合うというような感じです。みなさん、結構シャイで普段は本当の気持ちを打ち明けることができない人が多いです。両親に対しての感謝の気持ちとか、友人に対する感謝の気持ちを普段は言えないけれども、この映画を見終わって何か伝えなきゃいけないと思ってくれた人が多いようです」

すっかり打ち解け仲良く村内をバイクで回るビンロウ売り娘(エラ・チェン=右)と青年(リン・ボーホン)
--映画の中でビンロウ売りのスタンドというかボックスが並んでいましたが、台湾映画ではよく出てきます。
「台湾独特の風俗ですよ」
--この売り子さんの役を登場人物の一人に選んだのは何故でしょうか。
「主演のエラ・チェン(陳嘉樺)は台湾で大人気の歌手です。彼女は今までやったことのない役にとても興味を持ってくれました。とてもチャレンジングな役ですが、おもしろい、やりたいと言ってくれたのです」
--服装も素晴らしかったし、みんなあそこでビンロウを買うなと思いました。
「今回の作品ではアメコミ(アメリカン・コミック)の主人公のコスプレとかを使っているわけです。そういうものを真似して、エラ自身がおもしろいもの、かわいいものが好きっていうことで、それに合わせてコスプレをしたわけです」
--彼女はアメコミを読んでいるのですか?
「たぶん好きだと思うんです。普通のビンロウ娘は例えばナースの服だとか、セーラー服のコスプレをするんですが」
--アメコミはなかなかいい着眼点ですね」
「コスプレの衣装を20着以上用意したんですけど、映画の中で使ったのは10着です」
--全部見せれば良かったですね。
「それが宣伝になりますよね」

欠けた心の一部を抱えながら、癒しを求める村人たちと青年
--エラさんも良かったし、相手役の……
「リン・ボーホン(林柏宏)ですか? 男の子の」
--ええ、あの2人を選んだ理由はあったのでしょうか。
「笑顔の明るい人、笑顔のキレイな男の子を探してたんです。まずエラを選んでそのエラの相手役として、その男の子は5秒間思考停止するので、その間も観客を飽きさせない、にっこりとした笑顔の明るい人を探していて、ああ、リン・ボーホンぴったりだな、と思ったんです」
--確かに。実は似ている人がいるんですね。日本人で。
「俳優さんで?」
--いや、違うんです。広島カープの前田健太という投手がいて、大リーグに行きました。その笑顔がね、歯の白いところも似ているんです。誰に似ているかな?と思ったら前田だった。素晴らしかったですね。
「リン・ボーホンは日本の推理ドラマに出ています。『金田一少年の事件簿』」
--それは人気ドラマですね。それとどこかで関連するかもしれませんが、国境という障壁がどんどん低くなっているような気がするんですね。それはキャストとかスタッフとか資金とかですね。主人公もなんとなく日本でも親しみを持てそうな人を?
「たしかにそうですね」
--この映画祭の台湾特集は6本です。タイプは全然違いますが、どこかで日本のことが絡んでくるというか。そういう見方ができるのかなと思いました。
「小さい頃から日本のものがいっぱい身近にありましたし、日本の食べ物も好きだし、日本が大好きで育ちました」
--監督がですね。
「はい。『ゴジラ』とか」

心地よい自然が癒しを誘うかのように迫る
--そういえばエドワード・ヤン監督も『鉄腕アトム』が好きだったんですよね。もし日本人俳優を使うようなことが将来あったとして、思い浮かぶ人は誰でしょうか。
「小栗旬ですね」
--ああ。それはなぜですか?
「みんな日本の若手俳優はひとりひとり味を持っていてとてもいい感じです。そんなハンサムっていうわけではないんですけれども」
--存在感はすごくありますよね。
「日本の俳優さんはコメディをやらせても上手ですよね。コメディはコメディ、シリアスなものはシリアスで演じ分けることができるので。台湾の人はコメディをやらせるとお笑い芸人じゃないかぎりうまくできないんです」
--そういう点で言うと高倉健もああいう任侠映画から出てきたけれども、最後はちょっと笑ってもいいようなキャラクターがありましたね。次はどういうものを作っていきたいですか?
「コメディが好きなので、もっとお笑いの要素の強い作品を撮りたいと思います。最近日本のテレビドラマで、山下智久の出ている『5時から9時まで 私に恋したお坊さん』のような作品です。
--相手は誰ですか?
「石原さとみですね」
--コメディがお好きということですけれども、中華圏から集めてやるんですか? 例えばホァン・ボー(黄渤)とか。
「アジア全域をマーケットにするとホァン・ボーなんかはうまいですから。ショウ・ルオ(羅志祥)という歌手も、バラエティ番組の司会がすごく上手でおもしろいです」
--そういう作品を見たいと思います。
「今大陸との合作も容易になったのでどんどんやっていけると思います。この写真の彼がショウ・ルオですね。30代ですけれども」
大阪アジアン映画祭でエラ・チェンが「薬師真珠賞」に輝いた本作。最初は笑って、途中でしんみりし、最後は気持ちがほっこりするという展開も魅力だが、台湾南部の屏東、懇丁でロケしたという美しい風景は必見だ。【紀平重成】
【関連リンク】
大阪アジアン映画祭の公式サイト
http://www.oaff.jp/2016/ja/