第591回「シアター・プノンペン」

「シアター・プノンペン」の一場面 (C)2014 HANUMAN CO.LTD
カンボジアと聞けば、筆者は二つのイメージがすぐ浮かぶ。一つは世界文化遺産の壮麗なアンコール・ワット。そしてもう一つは1975年から3年8カ月にわたり国民の4人に1人の命が奪われたと言われるクメール・ルージュ政権による大量虐殺だ。その陰惨な負のイメージを払拭するのに外国から見ても40年では足りない。ましてや当のカンボジア人自身にとっては……。
この映画は悲惨な歴史を背景に、あるラブストーリー作品の欠けた最終巻を撮り直そうと決意する若い女性の愛と哀しみの物語だ。
テーマが重いだけに見る方にもパワーが求められる。しかし、新鋭のソト・クォーリーカー監督は主人公の女子大生に自身を投影させるかのように困難に立ち向かう若い女性を生き生きと描く。「遺されたフィルム」のタイトルで2014年の東京国際映画祭「アジアの未来」部門で上映された同作品は国際交流基金アジアセンター特別賞を受賞した。

女子大生ソポン(マー・リネット=左)は映画技師のソカ(ソク・ソトゥン)が元の映画監督ではないかと思う (C)2014 HANUMAN CO.LTD
カンボジアの首都プノンペンで厳格な父に反発し遊びに明け暮れる女子大生ソポン(マー・リネット)は、ある日、廃墟のような映画館で1970年代のクメール・ルージュ政権樹立前に作られた古い映画があることを知る。「長い家路」と題されたその作品には若き日の母(マー・リネットの一人二役)が出演していた。病気がちで家から出ようともしない母(ディ・サヴェット)は自分が女優であったことも娘に話さない。どうしてもその映画を見たいソポンは映画のフィルムを探し始め、やがてクメール・ルージュ時代に厳しい弾圧を受けた自国の映画史を知ることになる。

ボーイフレンドと映画に出演するソポン (C)2014 HANUMAN CO.LTD
映画の中で親の世代は、圧政下の恐怖の体験を子供たちに語ろうとはしない。それは監督自身の体験でもあったという。なぜ語らないのか。そんな疑問から自国の歴史を調べ始めたソト・クォーリーカー監督は、かつての被害者だけでなく加害者にも会いに行く。命の保証はないとまで言われるほど調べ歩いてつかんだ事実は大量虐殺だけでなく、その後も苦しみ続ける加害者と被害者双方の簡単には消すことのできないトラウマの数々だった。
「歴史は繰り返される」とはよく言われる言葉だが、独裁政権の下、あるいはクーデター事件に端を発して世界各地で自国民への弾圧が起きている。デマが飛び交い恐怖が恐怖を呼ぶという形で繰り返されるのだ。ただ、カンボジアの場合は規模が大き過ぎて、本当の被害者数は今に至るまで分からないというのが実態なのだろう。

母を励ますソポンだが…… (C)2014 HANUMAN CO.LTD
カンボジアには「辛い過去は埋めてしまいましょう」「辛い過去は蒸し返さないで葬りましょう」という教訓があるという。それは優しさに満ちた言葉であると同時に、生きていくためにはあえて目をつぶるという現実優先の考え方でもある。一概に優劣はつけられないが、結果として家族同士や社会の中でコミュニケーションが取れないとなれば放置はできない問題だ。
そこに弊害を感じた監督は、記憶の断絶という社会のほころびをつくろっていく手段として映画の力に期待する。本作品でも導入部分は家族のコミュニケーション問題を取り上げ、やがて過去の歴史に真正面から向き合うという構成だ。しかもメロドラマ風であったり、サスペンスの要素も交えるなど映画としての楽しませ方にも工夫を凝らしている。

映画館に通い紛失したフィルムに思いをはせるソポン (C)2014 HANUMAN CO.LTD
新人ながらソト・クォーリーカー監督は映画の中に映画を取り入れるという映画監督なら一度はやってみたい手法に第一作目からチャレンジした。また本当の主人公は実は古びた映画館ではないかと思わせる“映画愛”ぶりも披露している。
その映画の力で、たとえ時間はかかっても、いつか人々がトラウマから脱する社会づくりに貢献したいという夢を託しているのだろう。アンコール・ワットの様に力強いプラスのイメージを残してほしい。
「シアター・プノンペン」は7月2日より岩波ホールで公開【紀平重成】
【関連リンク】
「シアター・プノンペン」の公式サイト
http://www.theater-phnompenh.com/
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