第592回「世界を救った男たち」

「世界を救った男たち」の上映会チラシ
いや、勇ましいタイトルに見事だまされました。しかも日本の神輿担ぎを連想させる力強い男たちの神がかり的な表情。さらに担いでいるのが神輿どころではなく古ぼけた本物の木の家一棟というのですから、ただ事じゃありません。見ない訳にはいかなくなったのです。後悔?いえ、全然。面白かった。機会があれば、皆さんも是非!
横浜のミニシアター「ジャック&ベティ」で6月末に特別上映された本作は2014年の「なら国際映画祭」でも上映されているマレーシア映画だ。
多民族国家のマレーシアには家を大勢の人が担いで移動させるという伝統がある。今は少なくなったこの風習にインスピレーションを得た中華系のリュウ・センタット監督が、日本の結いにも似た互助組織の力を借りて家の引っ越しを挙行するお話をベースに、集団心理の光と影を見事にあぶり出している。
娘の結婚祝いにマレーハウスをプレゼントすることを思いついたアワンは、村の仲間に協力を求め、ジャングルの中に建つ古びた木の家を運び出そうとする。トラックでジャングルに向かう途中、荷台に立つ大勢の仲間から「あんたの歌が聴きたくて手伝いに来たんだよ」などとおだてられ得意の歌を朗々と歌うアワン。仲間たちも楽しそうに声を合わせる。
さて、数十人の助っ人が家を囲み、移動させる手順を確認し、「そーれ」と声を合わせると、ゆっくり大きな家が担ぎ上げられる。繰り返すが家を丸ごと一棟だ。足場が悪く、木の多いジャングル内を移動するのは簡単ではないが、見た目は神輿担ぎそっくりの集団が、掛け声よろしくのそりのそりと進んでいく。人が協力し合うことの美しさとパワーが画面からあふれ出る。
ところが空気が微妙に変わり始める。ある日、若い女性の腕に青いあざができた。夜、黒く光るものを村人が見る。そして祭りのいけにえに用意されたラクダが消える。訳の分からない出来事が続き、それはすべてお化けのせいにされ、「そもそも、あの家がいけない」と矛先はアワンに向かい始める。
人は見たことのないものを恐れる。これはマレーシアに限らず世界共通の傾向だ。でも、だれかが「そんなことないよ」と良識を発揮すれば、解決できる時もある。しかし集団心理はえてして勢いをまし、恐れがエスカレートしていく。

リュウ・センタット監督のインタビューが載っているフリーペーパー「WAU」の3月号
マレーシアの伝統文化や料理、映画を紹介するフリーペーパー「WAU」の3月号でリュウ・センタット監督のインタビューが載っている。監督は、「私たちは協働するという社会的な本能で、村、民族、国家をつくり、素晴らしいことを成し遂げることができます。逆にその本能は、悲惨なことの根源にもなります。たとえば、自分たちと違う人を恐れ嫌い、自分たちに理解できないことを憎みます。そして同じ仲間であるにもかかわらず獣と誤解します。本能は我々を団結させもしますが、同時に分裂もさせるのです」と語り、多民族国家における協調の重要性を説いている。
このように紹介していくと、この作品は堅苦しいお話かと誤解されそうだが、随所に笑いをとるエピソードが散りばめられ、娯楽作品としても良くできている。マレーシアでは一部の映画関係者からボイコットの呼びかけがあったと聞いているが、15年のマレーシア映画祭で最優秀作品賞、監督賞、脚本賞など5部門で受賞している。
上映後の字幕翻訳者によるQ&Aで、会場から映画の結末についての戸惑いが寄せられた。また、タイトルと結びつかない内容への違和感を表明する声も聞かれた。その解釈は見た人に任されるのだろう。まさに皮肉を込めたタイトルで、娯楽映画でありながら深い映画だった。
映画はいろいろな見方ができるから面白い。本作も多民族国家マレーシアらしいお話。多様性を認めないと逆に一体感を保てないという思いがあるのだろう。そこには切羽詰まった思いと優しさが併存しているように思う。誰かさんの「この道しかない」などというもの言いが、すごく暴力的に聞こえてくるのはなぜだろうか。【紀平重成】
【関連リンク】
「世界を救った男たち」の上映などマレーシア文化をディープに発信する「Hati Malaysia」
<http://hatimalaysia.com/602>
「世界を救った男たち」の特別上映会を開催いたしました、 Hatimalayisia です。
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