第604回 「キ&カ~彼女と彼~」 と「ファン」

キア(カリーナー・カプール)とカビール(アルジュン・カプール )はデリーの国立鉄道博物館で親しくなる。 (C)Eros International
前回に続いてインド映画のご紹介。東京と大阪で7、8日から相次ぎ始まった第5回インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン(IFFJ)に早速出かけた。上映作品は13本(東京)。選ぶのに困るほどバラエティーに富んでいるが、その日は、男女の役割分担という固定観念をコメディータッチで笑わせて考えさせる「キ&カ~彼女と彼~」と、ボリウッド映画のドンことシャー・ルク・カーンの最新作で、彼自身を投影するスーパースターと、その彼に付きまとう熱烈なファンとの1人2役が見どころの「ファン」の2作品を見た。どちらも期待を裏切らなかった。

キャリア志向の女性キアと仕事には興味のない「主夫」志望のカビールは互いに理想の相手と認め合い結婚する。 (C)Eros International
一見、奇妙なタイトルの「キ&カ~彼女と彼~」だが、インドではキが女性を、カが男性を表し、主人公の名前もキアとカビール。映画祭のオープニングに登壇した高倉嘉男さんは「色々な意味が掛けてあって、いいタイトルだと思います」と解説する。
飛行機で乗り合わせた家事に関心のないキャリア志向の女性キア(カリーナー・カプール)と仕事には興味のない「主夫」志望の男性カビール(アルジュン・カプール)は互いに理想の相手と認め、「逆転夫婦」として結婚。ところが順調なはずの結婚生活は、キアが出世していくことで夫婦の間にスキマ風が吹き始め、さらにカビールが「カリスマ主夫」としてマスコミの寵児に祭り上げられ、ほころびが急速に広がっていく。そして、ある事件が起きて……。
この話、男女を入れ替えれば、よくあるエピソードだ。カビールが言う。「家事は姿が見えず、評価してもらえない」。こんなセリフ、日本を始め世界各国の映画やドラマではよく見かけるだろう。R・バールキー監督は夫婦の役割を入れ替えるだけでなく、人の幸せや愛、仕事とお金といった人間の価値観に新鮮な息吹を吹き込もうとしているようだ。
個人的には「きっと、うまくいく」など多くの作品で好演したカリーナー・カプールの変わらない美しさに改めて魅了された。大物俳優のサプライズ出演も時間は短いが、さすがの存在感。
バールキー監督の妻は「マダム・イン・ニューヨーク」を撮ったガウリ・シンデー監督。「夫婦そろって男女の役割を見直す作品。どちらに軍配が?」とおもしろがる方もいるだろう。

「ファン」に登場するスーパースターとファン(シャー・ルク・カーンの2役) (C)Yash Raj Films
続いて、今年の前半、インドで大ヒットしたマニーシュ・シャルマー監督の「ファン」。デリーで暮らす青年ゴウラヴは、地元ではスーパースター、アーリヤン・カンナーのそっくりさんとして人気があり、彼をまねるパフォーマンスがコンクールで受けて、ついに優勝。それで済めばよかったが、スターを神のように崇める彼は、強引な手法を講じてアーリヤンと念願の対面を果たす。しかし、青年のやり方に危険な臭いを感じたアーリヤンの発した言葉は「お前は俺のファンじゃない」。ショックのあまり、熱狂的なファンだったゴウラヴはアーリヤンを狙うストーカーに変身する。
それにしても二人はよく似ている。もちろんシャー・ルクが2役を演じているのだから当然なのだが、まるで別人が演じているのではないかと思わせるほど、ゴウラヴは若さが際立ち、シャー・ルク特有の大きな鼻はスッキリおさまり、逆にやや頬骨の張りが目立っている。これは、ハリウッドの特殊メイクアップアーティスト、グレッグ・キャノムによるメイクと、コンピューターグラフィックスのお陰という。

青年のゴウラヴは、スーパースターの熱狂的ファン (C)Yash Raj Films
さて、そのシャー・ルクがスターの華やかさと、自身や家族を守るため冷徹な行動をとるなど、私生活をさらけ出すような作品。ファンが狂気に絡められて暴走していくシーンも身につまされ、胸が痛くなる。一つの画面でその双方を演じ分けていくという、かつてない作品を選んだのは、なぜだろうか。
最近役柄がスーパーマン的存在の男に偏っているという見方もあるなど、人気は変わらないものの作品への反応は必ずしも満足いくものではなかっただろう。いわば、起死回生の作品としてあえて問題作を選んだのか。あるいはスターと言えども普通の人と変わらない人間としての悩みや欲望を持つのだと訴えたかったのか。また、新たな新境地を開こうと自ら望んでの選択なのか、それとも、もう打つ手がなく追い込まれての決断だったのか? それは間違いなく前者のはず、と断言できる。なぜなら筆者も彼のファンの1人であり、それ以外の選択肢など選ぶことはできない。おっと、私も危険なファン心理に取り込まれつつあるのか。危ない!

スーパースターのアーリヤン・カンナーはファンの青年を追いつめる (C)Yash Raj Films
50歳になろうというのに、画面では全力疾走。クロアチアの世界遺産級の建物のアップダウンのある屋根をまるで平坦な場所を走っているかのように曲芸ジャンプを繰り返す。特殊撮影技術もあるのだろうが、実際のパフォーマンスも限界に近い演技だったのではないか。自らとファンのために、持てるものを全て出す。それもスーパースターの用件だ。
「インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン」は10月7日よりヒューマントラストシネマ渋谷、同8日よりシネ・リーブル梅田にて公開中【紀平重成】
【関連リンク】
「インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン」の公式サイト
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/