第606回 「小さな園の大きな奇跡」のエイドリアン・クワン監督に聞く

雨に手を差し出すシーンでは何百回も撮って頑張ったメイチュ役のケイラ・ワンちゃん (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
ちょっと映画のタイトルをもじって、「小さな香港映画の大きな奇跡」とでも呼びたくなるような感動の嵐を巻き起こし、ハリウッド作品に伍して大ヒットとなったのが本作である。そのエイドリアン・クワン監督と共同脚本家のハンナ・チャンさんに聞いた。
ミリアム・ヨンとルイス・クーの人気スターが共演する実話ベースのドラマ。エリート教育に違和感を持ち、有名幼稚園の園長を辞したルイ(ミリアム・ヨン)は、ある日、幼稚園の園長募集のニュースをテレビで見かける。園児はわずか5人。一人でも欠ければ園は閉鎖される。しかも給料はわずか4500香港ドル(約6万円)。夫(ルイス・クー)が退職するまでという条件付きで心配する夫を説得し、幼稚園に通い始めるが……。
--2015年の香港における興行成績で唯一トップ10入りした作品と聞いています。地味な作品なのにヒットした理由と、そのとき感じたことを聞かせてください。
エイドリアン・クワン監督 「作る前は興行成績なんて考えもしません。心を込めて作っただけです。公開のときはドキドキしてとても怖かった。こういうタイプの映画は香港では長年作られていなかったんです。だからどう期待すべきかわかりませんでした。でも劇場が満席で入れないという話や、どれだけ涙を流したかという話が聞こえて来ました。私のところにわざわざやってきて、この映画を作ってくれてありがとうと言ってくれた人もいました。学生や年配者、5歳児も見てみんなが感動してくれました。劇場を出たときに心は愛でいっぱいになったと言ってくれました。それが私を幸福にしてくれました」

世界1周の旅を計画するルイ(ミリアム・ヨン)とドン(ルイス・クー) (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
インタビューの最初から驚いたのは、筆者の質問に涙を浮かべながら監督が答えていたことだ。長い取材経験では初めての体験。それだけ監督の感動が大きかったということであり、そういうナイーブな心の持ち主だということだろう。
--クリスチャンの監督としてこの作品に込めた思いとか、人々に伝えたいご自身の信仰について聞かせてください。
「7歳頃にクリスチャンになりました。子どものときは祖父が面倒を見てくれて、よく日の出とか日の入りを一緒に見に行ったんです。そのときに天にはこの太陽を作ってくれた父なる存在がいると思いました。子どものときからウルトラマンが大好きで、映画監督になりたいと思っていました。映画の勉強をして、神様に、あなたのために映画を作りたいんだ、と祈りました。まさに今歩んできた道というのは神様が導いてくれたからだと思っています。困難な道のりですけれども、十分その価値のある苦労だったと思います」
--一国二制度と言われながら、香港には中国からどんどんとお金が入ったり、考え方も入ってきています。そのため香港らしさが失われているという声もあります。そんなとき、今の香港人の気持ちを反映した作品だったのでヒットしたという見方もあります。

5人の園児はルイ園長にすぐなつく (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
「必ずしもその考え方には賛同しないですね。感動してくれたのはこの時代だからではなく、どの時代であろうと、一国二制度であろうと、そうでなかろうと、この感動の普遍性は変わらないと思います。つまり困難に立ち向かう人間がいる、生まれてきた使命感を探っていく人がいる、そして自分が社会貢献をしていくことで社会を変えることができるかもしれないというメッセージにみんな感動してくれたのだと思います。もう一つは、わずか5人の子どもでも、その人生はとても重要なんだということを知ってもらう、その感動が大事だと思います」
--パキスタンの子どもがいましたね。他のお父さんお母さんは俳優でしたが、パキスタンのお父さん、お母さんは俳優ではないんですか?
「お母さんは演技をしたことはないそうです。夫役の人はギャングの役だとか、銃を撃つ役、ボディガードの役をやったことがある人です。もともとはいい夫ではなかったのが、映画の中で変わる。私はパキスタン系の人と仕事をするのは初めてだったんですけれども、本当に素敵な人たちでした」
「撮影前に彼らの伝統文化を尊重するためにも、いろいろとリサーチをして質問もしました。彼らは香港に住んでいるから広東語も流暢(ちょう)にできるけれども、いったい伝統の部分ではどのような習慣があるのか、なにを食べているのか、どのような時間帯に祈りの時間をとっているのか、ということを調べました。最終的には非常に楽しい時間を過ごすことができました」
--5人の子役を見つけるまでの苦労と、演技をさせるときの苦労がもしあれば。
監督 「私にとって一番大変だったのはメイチュ役の子が涙を流すシーンです。何が一番怖いの? 想像してごらん、と言ったんです。そうしたら、空を飛ぶ蛇がいたら怖いと言うので、じゃあ空に蛇が飛んでいるところを想像してごらん、と言ったんです。手を差し伸べて雨に触れるシーンは何百回も行いました。手を差し伸べるだけではなくて、恐怖を感じているのだということを伝えました。彼女は幸福な家庭で育っているので親を失うなんて想像したこともない。私は自分の母親を10年ぐらい前に亡くしているので、自分の経験を語って聞かせました。ですからこのシークエンスを見るたびに母を亡くした話を思い出し、個人的には非常に苦しいシーンです」

期限付きのつもりで園長に就任したルイは可愛い園児たちの世話に夢中になる (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
ハンナ・チャン 「私にとって一番印象的なのは最後のシーンです。唯一の卒園生の卒園式の場面ですが、監督はワンショットで全て撮ろうとしたんです。カカ役の子と時間をずいぶん費やして、スピーチの場面の段階に合わせて感情がどのように変わっていくかということを彼女と復習しながら準備を進めました。監督がこのシーンを、演技ではなくて、純粋な心からの露出・発信という風に撮りたいと言って、リハーサルでもワンテイクで終わらせたい、と。非常に大きなチャレンジをクルー全体が迎えることになりました。でもカカ役の子はとても賢い子だったので、タイミングとか感情の切り替え、流れが段階によってどう変わっていくかということを、非常に良く理解していました」
--子どもたち以外の主演の人たちとはどのようなやり取りがあったんでしょうか。
監督 「涙を流し合いましたよ(笑)一緒に。ルイス・クーさんと初めて会ったとき、素敵なオフィスに行って
、30分ぐらいこの映画について話をしたのですが、後に彼から聞いた話によると、最初の5分しか話が分からなかったよ、と。残りの25分は私の言っていることがちんぷんかんぷんだったと。なぜなら僕がずっと泣き続けていたから(笑)。でも監督がこれほど感動しているのならきっといい映画になるだろうと。結局、なんの質問もなくそのやりとりは終わりました。だから情熱っていうのは大事だなって思います」
ハンナ・チャン 「クーさんからはいつも応援の言葉をいただきます。香港は今こういう映画を必要としていると。長年こういう映画が香港では作られていなかったんです。涙を流してくれる観客が非常に多かったけれども、これは感動の涙だと思います。それは人間にとってとても重要なもので、涙を流すことによって自分自身の中に、人に対する愛情や心情を持っている、共感の気持ちを持っているということを再認識させてくれる。だから涙は大事なんです」
--今後もこういう映画を作っていきますか?
監督 「この映画の成功のおかげで非常に勇気を得ました。こういう映画は決して香港映画界の中ではメインストリームではないことは承知していますが、人と違うことをするのは大事です。1週間後に撮影に入る予定の新作もこのような流れのものになります」

エイドリアン・クワン監督(右)と共同脚本家のハンナ・チャンさん (2016年10月6日、東京・新宿で筆者写す)
--ルイス・クーはノーギャラで、なおかつ出資をしたと聞いていますが……。
「確かに出資してくれました。報酬をいくらもらったかは私は知らないですが、想像以上、収入以上の出資をしていると思います。彼の貢献に非常に感謝しています」
--香港のキリスト教会と映画についてお聞かせください。
ハンナ・チャン 「私たち2人は、いわゆるゴスペルムービーと言われる分野で10年以上仕事をしてきました。今回、商業分野に進出したのは、一般の観客の人たちにもこういう良いメッセージを感じ取ってもらいたいと考えているからです。この映画は商業映画ですけれども、中心にあるメッセージは愛、負けるな、ということでもあり、また、人と分かち合おうよ、というメッセージです」
監督 「愛は普遍的なものだと思いますので、どの国、どの時代であっても愛というものは人間にとって重要で深いものだと思います」
--最後にみんなの夢がかなったシーンが出て来ますが、これはみなさんのアイデアですか? みんなが思えば夢が叶うんだということを託したかったんでしょうか。
監督 「夢には力があるということはこの映画の全編を通してメーンメッセージとして考えてきました。夢を見るということはその人に翼をもたらしてくれます。その翼を持って飛ぶということは行き止まりの先、向こう側・外にも世界があるということを見せてくれます」
「小さな園の大きな奇跡」は11月5日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「小さな園の大きな奇跡」の公式サイト
http://little-big-movie.com/